「白鷺(はくろ)立つ」がデビュー作にして直木賞候補となった新鋭、住田祐(さち)さんの2作目「誰が首」(文芸春秋)は、「首」をめぐる物語だ。デビュー作と同じ頃に執筆していた小説に手を加えた。歴史を疑い、想像を膨らませながら、最後まで手に汗握る展開を描き出した。
「すげ替えましょう」。物語は、明智光秀の命運をかけた決断から幕を開ける。織田信長の命で六条河原にさらされていた越前の大名・朝倉義景、北近江の大名・浅井長政と父の久政の首が、何者かに盗まれた。どうすればよいか……。ライバルの羽柴秀吉の存在も頭をかすめる。織田家中における己の立場も死守しなければいけない。光秀や腹心の左馬助は、目ざとい信長をだまし切れるのか、緊迫の日々が始まる。
戦国時代において重要なものでありながらも、切り落とせばいつかは誰のものか分からなくなる首。その首の秘密を、誰が誰に隠そうとすれば緊迫感が出るのか、住田さんは考えた。信長と光秀、この2人しか出てこなかった。「パワハラ上司に隠そうとする哀れな部下というのが一番面白いだろうなと」
光秀は、信長の横暴さや残虐さに振り回され、心をすり減らす。信長を喜ばせるために、人の首を鋸挽(のこぎりび)きにしたり、毬杖(ぎっちょう)に使ったりすることにも耐えるしかなかった。これが織田家、だからだ。
それでも、光秀の背中を見て育った左馬助は分かっている。美しきことばかりを紡いで乱世を渡ることはできないが、大切なのはそのあとなのだと。悪(あ)しきことに手を染めざるを得なかった時、それが「正しき」ことだったと己の中ですり替えてはいけない。
「正しさとは何か、権力とは何かということに対するテーゼ」が物語の中に響く。
数多くの小説で書かれてきた時代を、新たな切り口で語る。子どもの頃から本は身近で、伝記もよく読んだ。「書いてあることが本当にそうだったか分からないというところに、歴史の魅力をずっと感じています」。歴史は、語り継がれる中で誰かの手によって、改ざんや脚色がされているだろうと思う。それを想像するのが昔から好きだった。歴史を小説で書く面白さにもつながっている。
ものを書くのが好きで、30歳を過ぎた頃から本腰を入れて執筆を始めた。デビューを射止めた「白鷺立つ」は、「バットをめちゃくちゃに振り回していたら、ホームランになったものだったんです。自分でホームランって言うのもおこがましいですけど」。またあのアーチを見せてくれ、と期待されることはプレッシャー。バッターボックスに立つとガチガチだが、「別に毎回ホームランじゃなくてもいいじゃないかと思う自分もいるんです」。
会社員を辞め、専業作家になった。「これで食べていければ、それでいいです」。作家の道を進んでいく。(堀越理菜)=朝日新聞2026年10月21日掲載