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ヴァイキングの真の姿を描く レジス・ボワイエ『ヴァイキングの暮らしと文化』 

「北欧の海賊」という偏見

 ヴァイキング、といってまず思い浮かべるのは、九、十世紀のヨーロッパを荒らし回った北欧の海賊であろう。しかし「海賊」とはなんだろうか。

 カリブ海の海賊などというと、さまざまな個人的な理由で社会的にはみ出した人々が、船によってほかの船や海岸に近い地域を襲う、専業的な犯罪者集団というイメージを抱くかもしれない。見方によれば英雄である。しかし海賊という現象を理解するには、襲う側の生活という視点から見ることが必要である。

 日本でいえば、倭寇や玄海、瀬戸内、熊野の海賊などは、もちろん被害者からみれば火付け、人殺し、人さらい、略奪者、要するに犯罪者集団にほかならないが、生活実態をいくぶんでも調べてみると、耕地の乏しい地域の住民で、わずかな農業や陸の生活のほかに、漁や海上交易・運輸その他、海でできるあらゆることに従事してかろうじて暮らしを立てている生活者である。その海の活動のひとつとして海賊行為をもおこなうのであるから、かれらは専業の海賊というわけではないし、かれら自身の社会からはみ出していない。

 世界的にみて、消費物資の生産に従事しない専門の諸職業が成り立つようになっていくのに応じて、標準的な、あるいはまっとうな、生活からすっかり離れた犯罪者集団としての、つまり専業の海賊が成り立つが、これさえ個人としても集団としても相当に長い期間にわたって存在を続けることは困難である。

 二世紀にわたり存在したヴァイキングの場合も、もっぱら海賊、つまりほかの船を襲い、あるいは船団を組んで海岸や大きな河川の流域を襲って、略奪し、略奪品を直接消費するか、またはそれを売却した資金で暮らしているような存在というわけではない。かれらはなんらかの理由で故郷にいられなくなった犯罪者ではなく(そういう個人はいたかもしれないが)、故郷において一般的な人々である。つまりその時代の北欧に普通に暮らしている人々が、その生活の一部として、あるいは人生の一こまとして、船に乗り組み、はるか遠く遠征に出かけるのである。この海への遠征のひとつの形態が海賊行為である。被害者の側からは海賊、犯罪者集団、野蛮人だとしても、この海賊行為は北欧の生活者にとっては一種の出稼ぎ労働、季節労働であった。だから「ヴァイキング」というのは、普通の北欧人が海外に出かけた存在形態なのであった。

 ヴァイキング遠征は北欧農民にとって、自分の働く農場を離れた出稼ぎであった。それは通例(そしてヴァイキング時代の初期にはもっぱら)、夏の半年(北欧人は一年を冬と夏に分けた)だけにおこなわれる。寒くて暗い冬の半年に比べて夏の半年は、たんに航海に適した海の荒れない時期というだけでなく、楽しい、うきうきする、じっとしていられない、生命力に溢(あふ)れた季節であった。

 遠征の目的は狭義の海賊行為とはかぎらない。生活の一部(たとえば故郷における農場経営の経済的補完)、あるいは人生の一こま(たとえば若者時代の冒険、土地や資金など新しい農場開設の前提の獲得)ということであれば、略奪に限定される必要はなく、交易活動、外国の君主の許での傭兵(ようへい)勤務、新しい地理上の探検なども等しく価値がある。ヴァイキングにとって、直接的暴力による略奪はそれが自分の生命身体を危険にさらす恐れが少なく、利益が多いと思われたときの選択であるか、そうでなければあまり利巧ではない選択であるにすぎない。かれにとって遠征とは、かけがえのない自己の人生を実現するために必要な実践である。

ヴァイキングは「農場経営者」

 ヴァイキング時代の北欧社会は個別の農場の集積であり、ほとんどすべての個人はどこかの農場世帯に属していた。したがってこの社会の主体的個人とは農場主人・農民である。主人は農場を経営し、また遠征に出かけるが、そのほかその日常生活において世帯にとって必要なことはなんでもする。生産にかんすることでも農耕、牧畜とその製品加工、衣料生産、漁労、建築、造船、木工、製鉄、鍛冶、金属細工などなどにわたって多能でなければならないが、狭義の文化生活においても詩を作り、工芸に秀で、医術に通じ、古今東西の森羅万象に通じ、ついでにおまじないも知っている。馬にも乗れれば水泳もし、スキーはいうに及ばず、球技やチェスのような盤ゲームにおいても高等戦術をあやつる。斧(おの)や弓矢の日常用具だけでなく、槍(やり)と剣をあやつり、帆を張って海に乗り出せば潮の流れも読める。ダ・ヴィンチのように何をやらせても超一流という意味での万能の人ではないが、日曜大工的な意味でなんでもこなす。

 だからかれらの社会では基本的に分業がなく、少なくとも特定の職種に特化して暮らすという意味での専門家はいない。医者はおらず、医術によく通じたヴァイキングがいるだけである。宗教的生活においても特定の組織に結集するような専門的聖職者はいない。農場主人が司祭の役目をこなすのである。これには北欧の土地が痩せているうえに分散し、デンマークをのぞけば普通の意味での村落さえ構成せずに、各農場が互いに隔たっていたことも関係している。

 こうした多能な個人が遠征に打って出た時点で「ヴァイキング」と呼ばれるのであるが、遠征自体が多面性をもっていることは先に触れた通りである。著者は遠征の目的のうち、もっとも本質的な要素は交易である、その意味でヴァイキングの本質は商人だという。かれは気の向いたときに遠征に出て、直接的暴力に適していないときには平和な商業の形をとる、といったいい加減な商人ではない。行き先と目的について熟考を重ね、慎重な計画を練り、計画的に商品を集め、乗組員を選抜して出発する。暴力はむしろ平和な交易を妨げる人々に出会ったときのやむをえない措置であるが、しかしその必要があるときは躊躇しない。そしてなによりも重要な点は、故郷にいるときは農場経営者だということである。

(本書解説より転載)

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