タブーが最後の切り札 『移民が導く日本の未来』
記事:明石書店
記事:明石書店
日本にはいろいろなタブーが存在する。かつてタブーであり、いまはタブーでなくなったもの、そしていまだにタブーとして残るものがある。
高山の中には神聖な場所として礼拝の対象だったものがある。海外からも多くの登山者を集める富士山は明治5年まで霊峰として女人禁制の山だった。現在も奈良の大峰山の一部は修行の場として女人禁制となっている。こうしたタブーは地域の歴史、文化に根ざしており一概に古臭い無意味なものと決めつけるわけにいかないだろう。
しかし、一部の人々が先導しメディアが加担して作り上げたタブーもある。その一つが「移民」である。明治期以降、日本は北米、南米に数多くの移住者を送り出してきた。しかし、いったん受入れ側に回ると「移民」は日本になじまないもの、安心安全な社会を壊しかねないものとして長らく議論することすら避けてきた。
では外国人なしに日本社会がやっていけるか? 日本の人口減少の厳しさはいうまでもない。2020年代に想定される人口減少は550万人と四国の総人口370万人よりはるかに大きい。高齢率の上昇が続く中で30年代、40年代には人口減少は一層拡大し社会の持続可能性があやうい状態に陥るだろう。
そう考えれば、日本にとって移民の議論を避ける余裕はもうないはずだ。すでに国内には300万人近く、例えば広島など一つの県の人口に匹敵する数の外国人が暮らしているのが現実である。
筆者は長年、国際交流に携わってきた。その経験から、外国人と接することは多くの学びを生み、また社会にとっては活性化の起爆剤になりえると考えた。海外の人々と身近に交流した青年たちが驚くほどの短期間に成長する姿をつぶさに見てきた。社会にとっても、若い外国人が日本人とともに活躍することで、高齢化した社会に新鮮なエネルギーを与え、日本を救う役割を果たしえるのではないか、と考えた。
しかし、こうした考えは日本の文化をないがしろにする「異端」とみなされ、ネット上では「非国民」「売国奴」という容赦ない罵声を受けてきた。
政府も実は移民に対するタブーに同調してきた。平成の間に、在留する外国人は170万人増加し、その国籍は多様化した。しかし、政府は「いつか国に帰る人たち」として、労働、生活環境、子どもの教育についての政策がないがしろにされたままに時間が過ぎ去った。
その結果、在留外国人は非正規労働の割合が極めて高く、また彼らの子どもたちの教育もおざなりにされてきた。外国ルーツの子どもの高校中退率は公立校平均の7倍にも達することがその証左である。
一方、深刻化する人手不足に対して、政府は外国人労働者を正面から受入れる代わりに、国際貢献という名目の技能実習生を増加させることで対応してきた。その数は40万人を超えるまでになり、本音と建前の解離がますます大きくなってしまった。技能実習生を雇用する企業の中には賃金未払などの労働基準法違反に加えてパワハラ、セクハラ等の人権問題が多発しているところもあると指摘されている。
そうした中、起こったのが今回のコロナ禍である。海外との人的な交流は途絶え、鎖国状態に日本は突入した。コロナ終息の見通しが全く見えない中で、毎年20万人ずつ増え続けてきた在留外国人の増加は完全にストップした。コロナ禍によって、日本人の失業の増加が懸念される一方で、日本人が就きたがらず、外国人労働者に依存していた分野の人手不足が起きている。農林水産業や介護分野では新たな外国人労働者の流入がストップしたことで深刻な人手不足が懸念されている。
コロナもやがて終息する日が来るだろう。その時に日本は天文学的な数字となった財政赤字と人口減少という大きな重荷を背負って再出発の道を歩むことになる。働き手として従来期待されてきたのは女性と高齢者だがともにピークを迎えている。女性の労働力率はすでに米国のそれを超えるほど高くなっており、働ける女性の多くがすでに働いている。高齢者については2025年に団塊の世代が75歳を超えることで働き手から介護を必要とする世代へと徐々に転換していく。
そうした中で最も過小評価されてきたのが在留外国人である。300万人近い在留外国人の半数以上が20代、30代と極めて若い。しかも、教育や職業訓練が今まで行われてこなかった人たちである。
困難な状況の中で育つことの多い移民二世は強い精神力を持ち起業意欲が高いことで知られている。米国のヤフー、グーグル、アップル、アマゾンはいずれも移民二世が創設した企業である。日本では日系ブラジル人の子どもたちも育っているが、適切な教育機会を与えることで彼らの中から同様の人材が生まれるだろう。
拙著の『移民が導く日本の未来―ポストコロナと人口激減時代の処方箋』は「移民」へのタブーを打ち破るとともに過小評価されてきた在留外国人こそが最も潜在力を持つ人たちであることを示した本である。彼らの潜在力が開花する環境を整備し、日本人とのウインウインの関係を作ることこそが日本に残された最後の切り札といえるのではないか。