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趣味でドゥルーズを読んでいる者です ~文庫で入門!現代思想~ 紀伊國屋書店員さんおすすめの本

記事:じんぶん堂企画室

 大人気無料Web漫画「ワンパンマン」(商業連載版は集英社から刊行中)の主人公サイタマは初登場時に「趣味でヒーローをやっている者だ」と自己紹介をしますが、それにあやかって言えば私は趣味でドゥルーズを読んでいる者です。もちろん書店員というのは本を売るプロではあっても本を読むプロではないので基本的には趣味で本を読むのですが、なんとなく哲学というジャンルは「趣味で読んでいる」と言いづらい雰囲気があるような気がしますね。「哲学を読んでいます」というと、何かすごく、真剣に向き合って研究するように読まねばならないような、そんな感じがしないでしょうか。

 しかし書店員としてはやはりより多くの読者に哲学や思想の本を読んでもらいたいと思いますので、「趣味で読む」くらいでもいいんですよ、と声を大にして言いたいわけです。

 哲学や思想というのはとかく難しそうで敷居が高いイメージがありますが、とりあえずは手に取って読んでみてもらって、仮にすぐには「面白かった」と思えなかったとしても、その本の中に何か少しでも引っかかる言葉、気になる部分などがあればそれでいいのではないかと思います。そういう記憶があればふとした瞬間にそれが蘇り、またちょっと読んでみようかな、などと思ったりするものです。

ドゥルーズの入門書を読んでみよう!

 さて、ドゥルーズという名前がなんとなく気になっている方はけっこう多いのではないでしょうか。ジル・ドゥルーズ(1925〜95)はフランス現代思想を代表する思想家で、日本でも非常に人気があります。ほとんどの著書の翻訳が文庫で読めますし、関連書も大変多く刊行されています。

 とはいえ、海外の哲学者の本をいきなり読むのはなかなか大変ですので、まずは日本人の著者が書いた入門書から読んでみるのは一つの手です。私も哲学の本を読み始めた頃にドゥルーズを読んでみたいと思ったのですが、難しそうなので入門書ばかり読んでいました。それらの入門書が近年続々と文庫化されておりますので、この機会にぜひ紹介したいと思います。

檜垣立哉『ドゥルーズ 解けない問いを生きる』

 まず私にとって一番読みやすかったのが檜垣立哉『ドゥルーズ 解けない問いを生きる』(NHK出版「哲学のエッセンス」シリーズ、のちに増補新版としてちくま学芸文庫)です。この本は文庫化に際し、元の版とほぼ同じ分量が第二部として加筆されています。つまり、前半の第一部だけでも完結した内容になっているということです。この第一部は本編が106ページ分しかないので、かなり短時間で読み切ることができます。この「とりあえず読み切った」という手応えは入門者にとってとても重要なことだと思います。

 この本では著者が考えるドゥルーズ哲学のエッセンスをかなり絞り込んだ形で抽出し、ひと繋がりの文章として一気に語ってくれています。広範な内容を含むドゥルーズ哲学の中で、ここで特に強調されるのは生命哲学としての側面です。ドゥルーズ哲学のイメージを、生命が生まれる源である「卵」、そこからあらゆる形が生まれて来る未分化の状態としての卵に象徴させ、変化や差異、特異性を肯定する思想が語られていきます。(加筆された第二部では、第一部で語られた生命哲学と、後年の著書に現れる政治的なテーマとの関連について書かれています)

小泉義之『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』

 次に紹介したいのは小泉義之『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』(講談社現代新書、のちに講談社学術文庫)です。この本はとにかく強烈なインパクトがあり、初めて読んだ時に一番驚きました。文章に迫力があり、とりあえず最初にガツンと来るものを読みたい方にお勧めです。

 この本でもまず生命哲学としてのドゥルーズが強調されますが、例えば食物連鎖や自然淘汰、さらに生物の分類といった、私たちにとって馴染み深い概念が根本的に批判され、生命や自然というものの見方を大きく変えていきます。身近な例を挙げながら原理的な思考に踏み込み、そこから世界を捉え直していく様がとてもスリリングな一冊です。

宇野邦一『ドゥルーズ 流動の哲学』

 最後は宇野邦一『ドゥルーズ 流動の哲学』(講談社選書メチエ、のちに講談社学術文庫)です。この本は前述の二冊とは違い、ドゥルーズの主な著書を発表順に一冊ずつ取り上げ、その要点をまとめています。ドゥルーズという哲学者がどういう本を書いていて、そこでどんな事を言っているのか、その全体像をまず掴みたいというタイプの方にはこちらがお勧めです。

 とはいえ、この本を単にドゥルーズ哲学をダイジェストしたものと言うわけにはいかないでしょう。なんと言っても著者は多くのドゥルーズの著書を自ら日本語に訳している翻訳者であり、またドゥルーズ本人に師事した教え子でもあります。この本ではドゥルーズの著書に現れる多彩なテーマがそれぞれ簡潔ながら詳細に掘り下げられており、一通り読めばきっとその中に気になるテーマや概念が見つかると思います。一つでも気になるテーマがあれば、あとはその部分から他の本に読書を繋げて行くことができるでしょう。

生命・政治・肯定の哲学 

 以上、いずれも文庫で読めるドゥルーズ入門書の紹介でした。改めてこれらの本を見渡して感じることの一つは、ドゥルーズの哲学には「生命」と「政治」という二本の柱があり、その二つのテーマが密接に関連しているということです。そしてこの二つのテーマは、現在の私たちが以前にもまして日々直面しているものかと思われます。

 そしてもう一つは、ドゥルーズの哲学は徹底して「肯定の哲学」だということです。現代という時代を生きる私たちが、生そのものを深いところで肯定するためにはどのように物事を考えればいいのか。その手がかりがドゥルーズの哲学にはあると思います。「揺らぎであり、不純であり、偏っていて、幾分かは奇形であること。だからこそ、世界という問いを担う実質であるもの。それをはじめから、そのままに肯定する倫理を描くことが要求されている」(檜垣立哉、前掲書)

 この三冊の中に少しでも気になった本があれば、書店で手に取っていただければ幸いです。

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