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子どもが幸せに生きてほしい 「こどものみらい叢書」

記事:世界思想社

 子育ての疑問や悩み――些細なものからそれなりに深刻なものまで、日々無数に遭遇する――を考えるとき、書籍やインターネット、周囲からのアドバイスに、素直に「なるほど」と思うことは、意外とたやすくはないと思う。それらには、あまりに固有で、それぞれにやっかいな状況が絡まりあっているからかもしれない。

 ふにゃふにゃと泣く生まれたばかりの赤ん坊を、なんてかわいい宝ものだろうと感じたそれと同じ視野で、その後次々に生まれてくる疑問や悩みをとらえると、考えは行き先を失って、ぐるぐるとさ迷いがちだ。

 『子どもが教えてくれた世界――家族社会学者と息子と猫と』(片岡佳美、世界思想社)は、筆者が小学生の子どもとの生活のなかで抱いた疑問をめぐる考察だ。そこで述べられるのは、家族、学校、地域へと徐々に視点をひろげた、18のトピック。「早寝、早起き、朝ごはん」「小学生の宿題」「クラブ活動」「公園」……など、同年代の子どものいる親にはどれも身近なテーマだ。身近というばかりでなく、イラッとしたり、もやもやしたり……誰に相談するとまではいかなくとも、日々の生活のなかでの気がかりや苦労につながるようなことが多い。

 それぞれのトピックについて、書籍の引用や、行政などのデータを紹介しながら、考えをめぐらせていく。それがとても軽やかに読みすすめられるのは、タイトルにもあるとおり、子どもとの生活のなかで、筆者が現実に抱いた疑問や割り切れなさがベースにあるからだろう。

 たとえば「子ども会」。筆者の地域の子ども会は、数年前に解散したという。子ども会の活動を支えているのは大人の組織だが、ある年の役員決めの際、退会するという声が上がると、それへの同調の声が続き、結局解散することになったのだ。

 筆者は役員としてその場に立ち会い、「実際、私も、「会員を続けます」と言う気には到底ならなかった」と述べながら、子ども会がなくなることに「悩ましさや後ろめたさも感じ」る。「地域で子育て」が謳われる現在、「子ども会解散なんて決して望ましくない話だと思えた」からだ。もしわたしが筆者の立場なら、きっと同じようにふるまい、同じような思いに駆られたにちがいない。

 そこで筆者は「地域」そのものへ目を転じる。子育てという点から見て、地域にはほかにどんな意義があるのか。筆者自身の子ども時代をふり返れば、「よく吠える犬がいる家」や「秘密の近道」、「ザリガニが捕まえられた」側溝……地域には、あざやかに残る場所のイメージと、そこで感じ体験したことの記憶がある。それらを引きながら、こんなふうに言う。

自分の中に深く刻まれた「私はあの地域の、あの場所において、あの体験をした」という鮮明な記憶…(中略)…こうした具体的な体験に基づくアイデンティティがなければ、自分のかけがえのなさについて理解することは難しいでしょう。
子どもには大人の干渉を受けず自由に動ける世界が必要で、それが子どもにとっては「地域」という、歩いて行ける範囲の比較的狭い場所になるのです。

 そうしてふたたび、地域の子ども会の果たしていた意義について考えるとき、先とは別の一面が筆者に見えてくるのだ。

 読者がそれぞれの生活で抱える問題が、それで解決するわけではないだろう。共感することもあればしないこともあると思う。それでも筆者の視点に並走して1つの章を終えるとき、その目で自身の生活をふり返れば、近視眼的に見ていたときとは異なった、新しい視点を得ていることに気づく。

 子どもは、命として宿ったそのときから、社会のなかに生きはじめ、それはたとえば、家庭や、保育・教育、地域というかたちとなって、子どもをとりまく。普段は、どこかよそにあるもののように思いがちだけれど、わたしたち自身だって社会の一部だ。わたしたちが親として、どこかうまくいかなさや悩みを抱えるとき、その問題のどこかは社会の問題につながるといっていいだろう。

 本書は、世界思想社から2018年に創刊された「こどものみらい叢書」の3巻目だ。この叢書の「創刊のことば」には、こうある。「こどもたちについてより深く理解すると同時に、こどもたちの生命と人権が尊重され、かれらが自由に未来を創造できる社会を考察しようと企画」された、と。

 この壮大な視点がけっして大げさなのではないことは、子どもを育てるなかで日々実感する。なんら特別なことは願わなくても、子どもに幸せに生きてほしいと思えば、当然のように必要な、むしろ最低限の下地なのだ。

 本シリーズ1・2巻目は、小説家の筆者が主夫としての自身の育児を描いた『おいしい育児――家でも輝け、おとうさん!』(佐川光晴)、幼稚園園長として幼児教育のあるべき姿を説く『お山の幼稚園で育つ』(山下太郎)。これらもまた、シリーズの企画意図を別の面から照らしだしたものだ。

 この3冊はみな、150ページ足らず、ゆったりと文字が組まれている。育児中はとにかく時間がない。「創刊のことば」とともに、この体裁もまた現実的だ。なおかつ、だからといって子どもの未来は、子どもを育てる人ばかりが背負うのではない。あらゆる人がかかわる問題だということ。この叢書にはこれらがともに謳われている。

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