漢字の繋がりが見える初めての字書 白川静『漢字の体系』
記事:平凡社
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2006年10月に著者が亡くなって以降、新常用漢字表に対応した『常用字解[第二版]』『字通[普及版]』、昨年の『白川静著作集 別巻』(全20巻)の完結を経て、この度、ついに著者最後の書き下ろしの字書である『漢字の体系』を刊行することができました。
『漢字の体系』の一番の特徴は、その配列にあります。
これまでの漢和辞典の配列は、部首順・画数順、『字通』や『字統』でも五十音順配列であったのに対し、『漢字の体系』は、第一部は「天象」「祭祀」「農耕」などのテーマに関する字、また第二部は「安」「為」……「婁」など同じ形を含む字、というように関連する字を集めて解説し、漢字の繋がりが一目でわかるような配列になっています。
著者は、すでに『字統』(1984年刊)の前文において、「載書」「巫祝」「祭祀」などテーマごとに関連する字を挙げ、「字書をこのような系列字の体系で作ることも可能であり、文字の全体的理解には、この方法によることがむしろ便宜である」と、その目指すところを記していました。これまでの配列ではバラバラにならざるをえなかった同じ系列の文字を、『漢字の体系』で一群として示すことで、「漢字には体系がある」と著者が主張し続けてきた漢字の世界を、ようやくはっきりと示すことができたのではないかと思います。
体系的に示された漢字の世界はとても豊かで、驚きに満ちています。
たとえば第一部の「江河」。長江・黄河の中国の二大河川の形状をあらわす「江」「河」、穏やかな流れを示す「川」、あふれ出る川の字が元となった「災」、溺れた人を水中に探し、助ける形の「深」「泰」など、河川をめぐる文字からは、何千年も前から人々が川に親しみ、怖れ、水害と闘ってきた様子が伝わってきます。
第二部では、「しん(診の右側)」。「しん」は発疹をあらわす字で、恐るべき流行病を示し、発疹の「疹」は不可避の病に用いられ、「殄滅」の「殄」も流行病によって絶え滅びる意味とのことで、感染症の恐ろしさを感じます。
自然に対する畏れは昔も今も変わらず、3000年以上も昔に中国で生まれた文字が、現代の日本で今も同じ意味で使われていることには本当に驚かされます。
また、第二部の「翟」。「翟」は隹(鳥)が羽を高くあげている形で、この形を含む「濯」は鳥が水面で羽ばたきするさま、「躍」はとびあがるさま、「耀」はかがやくさま、と隹の美しいイメージが次々と浮かびます。
また「莫」は草と草の間に日が没する形で、寂寞の「寞」や砂漠の「漠」にこの字が含まれ、関連字を眺めると、美しくももの悲しい風景が広がるようです。
このように『漢字の体系』は字書でありながら、まるで一編の歴史書を読んだような、またある時は詩を読んだような、そんな気持になります。
もし無人島に1冊本を持っていくなら、私はこの1冊にしたい――。漢字の世界の驚きが詰まった『漢字の体系』。ぜひ読んでみてください。
文/竹内涼子(平凡社編集部)
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