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環境破壊、地質学的に無視できず

評者: 長谷川眞理子 / 朝⽇新聞掲載:2018年06月02日
人新世とは何か 〈地球と人類の時代〉の思想史 著者:クリストフ・ボヌイユ 出版社:青土社 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784791770465
発売⽇: 2018/03/20
サイズ: 19cm/416,5p

〈人新世〉を思考することは、地球システム科学のデータやモデルが、地質学的な時間スケールで異常を示していることを受け止めることである−。人類の新たな生存の条件〈人新世〉の全…

『人新世とは何か 〈地球と人類の時代〉の思想史』 クリストフ・ボヌイユ、ジャン=バティスト・フレソズ〈著〉

 地球が誕生したのは今からおよそ46億年前。それ以後の地球の変遷は、「地質時代」に区分される。化石に残る生物が出現した、およそ5億4千万年前ごろからが古生代。およそ2億5千万年前に、大陸移動による衝突の衝撃で大絶滅が起こり、ここからが中生代で、6600万年前の恐竜大絶滅で中生代が終わる。そのあとが新生代。新生代は第三紀と第四紀に分けられ、その中もさらに細分化されている。今の私たちは、およそ1万年前に始まった「完新世」という時代に生きている、というのが常識。
 この地質時代は、地球のプレートの動きや大きな気候変動、生物相の大激変などによって区分されてきた。さて、「人新世」とは何か? これは新たな提案である。最近の私たち人間が何をしているかを見てみよう。石炭・石油を燃やして二酸化炭素を大気中に野放図に放出している。石炭や石油に含まれる炭素は、本来、地中に埋まって外に出ることはなかったものを、人間が掘り出して燃やすから大気中の二酸化炭素濃度が上がる。人間は森林を伐採し、自然を大規模に改変し、自動車や飛行機を飛ばし、自然の循環に介入している。これはもう、人間の力が地質学的に無視できない状態になったということで、「人新世」だ。
 この議論はしばらく前から提案されているのだが、著者らは、ちょっと待てと警告する。この論調で「人間」とひとくくりにして責任を問うのはおかしい。途上国と先進国では違うだろう。「人新世」にしたのは誰だ? アメリカ人の誰もが自家用車を持つようになったのはなぜか? 19世紀、20世紀のたび重なる戦争でさんざん環境を破壊したのは誰だ? などなどの疑問をていねいに取り上げ、「物事がわかっている科学者が、欲望にまかせて資源を消費している大衆に対して警告する」というシナリオをぶち壊す。
 第5章からあとがおもしろい。人新世と言ってもいいけれど、なんでも燃やしてエネルギーを得た「熱新世」でもいい。戦争で環境をばんばん破壊した「死新世」。みんなが欲望のかたまりになってしまった「貪食(どんしょく)新世」でもいい。わからないのに自信過剰の「無知新世」? 資本主義の悪魔がはびこる「資本新世」?
 先進国の生活様式が、地球の自然に取り返しのつかない負荷を与えているのは事実だ。単に環境問題だ、保全だなどと言っている以上のものだ。環境問題は人間のあり方の話であり、科学も哲学も政治も経済も総動員して考えねばならない。フランス特有の小難しい、議論好きの論調で、読みやすくはないのだが、大事な視点を提供する労作である。
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 Christophe Bonneuil 68年生まれ。▽Jean-Baptiste Fressoz 77年生まれ。共に、フランス国立科学研究センター研究員で、専門は科学技術史・環境史。