「本屋、はじめました」から5年 全国の本好きとつながる街の新刊書店ができるまで:Title
記事:じんぶん堂企画室
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JR中央線の荻窪駅から、青梅街道を西へ10分ほど歩くと、Titleが右手に見えてくる。ブルーの看板を脇に見ながら店に入ると、高い天井が広がる空間に本が並ぶ。
Titleは、近所に暮らす人だけでなく、本好きや作家、クリエイターにも親しまれる街の新刊書店だ。2021年1月に開業5年を迎えた。店主の辻山良雄さんは、「去年ほど、本を売った手ごたえがある年はなかった」と語る。これまでの歩みや棚づくり、そして2020年に実感した本屋の仕事について聞いた。
「一軒家で昔の看板建築だったことが面白かったですね。こういう物件は出てきませんから。古民家の“時”の蓄積は、お金で買えないもの。与えられたものだと思いましたね」
文化人や出版関係者が多く暮らす中央線。荻窪から三鷹の間で物件を探していた辻山さんは、元肉屋だった築70年ほどの古い物件に惹かれ、この地に本屋を開業することに決めた。
入口近くには、新刊や話題書、雑誌コーナー。入って右手の棚にはデザインや装丁の関連書、小説、人文書、サイエンスや漫画、そして地図などが並ぶ。左手にはライフスタイルや料理の実用書、絵本のほかZINEも豊富に揃う。中央には文庫が並んでいる。
ジャンルを分けずPOPも置かない静かな街の本屋さんなのに、大型書店のような出会いの可能性に満ちている。辻山さんは、そんなTitleの棚づくりについて「いろんな土地土地で出会ってきたことが、この棚に含まれる」と話した。
「私はたまたまリブロという会社に18年勤めていたので、色んな本を見てきました。実際に、本を買われる現場を見ているかどうかは大きいですよね。自分の置きたい本もあるし、自分は必要としていないけれど切実に必要とされている方がいる本もある。こういう書店は、“カッコいい本”を求められがちですが、同じ本で言うと、『スタジオボイス』も『家庭の医学』も全く等しいですよね」
「お子さん向けの『コロコロコミック』とか『週刊文春』とか、地域に必要とされるニーズも汲み取りつつ、しっかりとした本の奥深い世界を知ってほしいので、みすず書房や岩波書店の本も置いて、こういう本もあるよと。北海道や沖縄など、地方の出版社の本も置いたり、バランスを取りながらやっていますね」
開業当初から1万冊が並び、今もその在庫数は変わっていないという。
「全く棚の移動もしていないです。当初から2階がギャラリーで(1Fの)奥がカフェなのも変わらない。そのときの傾向で、今だったらフェミニズムの本が増えてきたとか、そういった変化はありますけど、基本的な並びは変わっていないです」
限られた空間ながら、Titleを一周することでさまざまなジャンルの本に出会える。
「このサイズだと、見ようと思えば(全部)見られるので。『最近サイエンスや漫画は見ていなかったけど、自分と近しい本があった』みたいな感じで、色んなジャンルを買われる方を見るとうれしいですね。色んなものが掛け合わさってその人ができていると思うので」
大学時代から、本屋や古本屋に足繁く通った辻山さん。「漠然と本の中に自分の居場所がありました」と話す。当時、家から近かったリブロの池袋本店は「本の棚を作ること、本を売ることが“編集”」を体現している書店で、かっこいいと感じていたという。
新卒で入社したリブロでは、広島、名古屋など地方での勤務も経験した。そこでの経験が、いろんな人に開かれた本屋を形づくる。
「東京の郊外、地方都市……いろんな人が住んでいて、それぞれ違う本を求めている。初めに福岡の久留米に転勤したとき、時間の感覚や色んなものが違ったりしましたけど、話してみると同じ人間同士、心を通わせる体験が面白かったりしました」
「『いろんな人がいます。それが多様性です』。よくそのように言われるけど、それは自分の体験としてないと腑に落ちてこない。街の中、もっと広く言うと社会にはいろんな方が住んでいますので。その人たちがどんな本を求めるかは肌で覚えるしかない。カッコいいだけじゃない部分。人に何が必要なのかは常に考えたいですし、今の店に繋がっていると思います」
辻山さんは、2015年7月に閉店したリブロ本店で統括マネージャーを務めていた。地下の絵本や文芸書の建物から渡り廊下を通った先にある、地下1階から4階までの「書籍館」を長く見ていたという。そこでは、新たな人文の書き手とともにフェアやイベントを仕掛けたのが「刺激的だった」と話す。
「1階にカルトグラフィアという、人文書だけではなく、サイエンスや文芸など、ジャンルを横断した本で世の中を“編集”する、昔のリブロの流れをくむようなコーナーがありました。当時は、例えば國分功一郎さんとか岸政彦さん、坂口恭平さんなど新しい書き手がどんどん出てきた時と重なっていたので、そうした方々にもよくイベントなども行っていただきました。すごく刺激的でしたね」
「店頭でフェアをやって、上の階あった西武のコミュニティカレッジでトークイベントをする。昔と違ってみなさんそれぞれのSNSで発信されるので、それを受け取った人が、今度イベントがあるのかと足を運ばれていました。活性化している人文書のシーンもあって、それとうまく並走できたように思います」
「そしてそのつながりは、今にも生きています」と辻山さんは語る。
Titleオープン後も、國分さんや岸さんのほか、「哲学の劇場」を運営する文筆家の山本貴光さんや吉川浩満さんなど、多くの作家がトークイベントを開いてくれたそうだ。
取材時には、翻訳者で作家の岸本佐知子さんの新刊『死ぬまでに行きたい海』(スイッチパブリッシング)に合わせて、写真展が開催されていた(2/2まで)。
大型書店ではなく、駅から徒歩10分の小さな本屋で、人気作家のイベントが開かれる。そう聞くと辻山さんは、「こうした小さな本屋でも、本はたくさん売れます。いまは広さだけではないんですよ」と説明した。
「深さというか理解度というか。例えば、写真家でもアーティストでもいいんですけど、その人が好きな方は、(お店に)自分の好きな作家の方を大切にしている感じがあると、どこかうれしい。地方の方でも、わざわざTitleのWebで買ってくださることはすごく多いんです。1冊ごとでみたら100冊単位(で売れている)というのはよくある話です」
2020年は、新型コロナの影響を受けてWebでの売上が大きく伸びたのだという。
「前回の緊急事態宣言の4月からWebショップが伸びたんです。去年の4月はそれまでの7倍。12月でも前年と比べれば3倍ぐらいは違います。全国から注文が来て、いろんな場所に送っているんですよね。昨日も北海道の帯広とか旭川から。西からもあります」
「寄せられる地名を見ているだけでも感慨深いですね。単純に外に出られなくなったから買うのもあるでしょうし、あとはどうせお金を使うんだったら、自分が続いてほしい場所に支払いたいという“投票”としての意味合いもあると思うんです。『頑張ってね』みたいな。昔もあったんでしょうけど、こういう時代だからこそ見えやすくなったのかもしれないですね」
辻山さんは、「毎日のほん」と題して、Titleが届けたい本を毎日WebサイトとSNSで紹介している。今ではTwitterのフォロワーは3万5000を超える。従来、街の本屋さんは地域とともにある場所だったが、全国から注文が寄せられる可能性があるのだとわかる。
「いろんなコミュニティが生まれているのでしょうね。従来の近所に住んでいる人が買いに来て、また1カ月後に来て……と繰り返している間に醸成されていくものは今もありますし、近所の人たちの好みとはちょっと違うのかもしれないですけど、Titleが出している情報や本に近しいものを感じている方が、いろんな場所にいるんだと思います」
無数の本と出会ってきた辻山さんに、「人生を変えた本」を訊ねると、J.D.サリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』(新潮文庫)を挙げた。18歳のときに出会い「最初に植えられた種だった」と表現する。
「司馬遼太郎とかを読んでいた高校生が、サリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』を読み、そこに書かれている固有名詞やライフスタイルが、関西に住んでいる自分が使っている言葉とは全く違うもので、カッコよさそうに見えた。それが言葉だけで作られた世界で、『ああ、本はこういうものに触れられるんだ』という感動があったんです」
「サリンジャーの本は、出だしから固有名詞だらけなんです。別に『バーバリ』のコートも知らないし、『クリスチャン・サイエンス』がどのようなパンフレットかは分からないけど、ただ言葉自体がカッコよかった。言葉がもたらしてくれる新しさがあった」
それから辻山さんは、新潮文庫の外国語文学を片っ端から読み始め、大学に入ってからも様々なジャンルの本を読み、興味を広げていった。この本はTitle開業にも「つながっている」と話す。
辻山さんが「今読みたい人文書」に挙げるのは、作家の温又柔さんと木村友祐さんの往復書簡『私とあなたのあいだ いま、この国で生きるということ』(明石書店)だ。
「ふたりとも、社会と密接したところで小説の文章を紡がれている。例えば、温さんだと、台湾で生まれたあと日本で育つことになり『私の国はどこにあるのだろう』というところから、〈わたし〉を見つけていきます。自分はこの社会に居るつもりでも、誰かから勝手に『ガイコクジンだ』と思われてしまうギャップとかズレとか……」
「例えばマイノリティや、SNSの言葉の問題など、今社会で生きていくなかで、自分がどう考えているかを語り合った往復書簡です。一つのテーマを木村さんが語ったら、その言葉を温さんがこう読んだとか。だんだんトピックが深まっていくところが魅力です。率直に自分の心に問いかけ相手に投げかけることで、読んでいる人も救われて、ホッとした気持ちになります」
昨今のSNSの世界では、一方的な言葉も飛び交い、心が荒む体験をする人も多い。辻山さんは、「粘り強く、ひとつのことを考えて話していくことは、この先の社会を作っていく力になるんじゃないか」と力を込めた。
2016年1月のTitle開業から5年が経った。辻山さんは「あっという間だった」とふり返る。何かを変えることもなく危機を迎えることもなく、経営は順調だったそうだ。
ただ、2020年は、変わりゆく日常と向き合い、本屋の仕事を再確認することになった。
「去年ほど、本を売った手ごたえがある年はなかった。去年の3月以降はトークイベントもやっていませんし、4、5月は店を閉めました。世の中が変わってしまったので、思いのままにはならない一年でしたけど、色んなところから本の注文が来たり、本棚を見ている人が『落ち着きました』とか『本っていいですよね』と言ってくださったりしましたね」
「これからも、そういう本を人に手渡していくのが本屋の仕事だと思うんです」。辻山さんはそうつぶやいた。これからも、街の人たちに、全国の本が好きな人たちに、一冊一冊の本を届けていくのだろう。