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55歳で父になり、本屋をやろうと決めた。「僕が読みたい」フェミニズムの本が増えた:リーディンライティン

「Readin'Writin' BOOKSTORE」(リーディンライティン ブックストア)店主の落合博さん

 東京・浅草の西に位置する田原町。大通りを一歩入ったところに「Readin'Writin' BOOKSTORE」(リーディンライティン ブックストア)はある。隣にはレモンパイが有名な地元の菓子店が並ぶ。

 ワイン色のドアを開けると、高い天井と2階奥のギャラリースペースが目に入り、目線が上向く。左側の壁を生かした棚には写真集や単行本が並び、右手から階段をのぼると、畳敷きのスペースでくつろぐことができる。

 入口近くの棚には、フェミニズムやジェンダー、家族のかたちなどを扱った本が充実している。初めて訪れたときに、「ここは私のためにある棚だ」と感じたことを思い出す。

 店主の落合博さんは、新聞社の論説委員を経て、58歳で書店の店主になった。これまでの歩みと、選書の仕方、いまこそ読みたい人文書について聞いた。

新聞記者が「本屋をやろう」と思うまで

 落合さんが、本屋をやろうと考え始めたのは2015年の春。56歳のときだった。小さい頃から読書家だったわけでも、本屋が夢だったわけでもないという。

 「家にはほとんど本もなくて、中学、高校までは読書感想文の課題本を読むぐらいだったんです。大学に入って多少時間ができたので、集中して読んだのは森村誠一さんとか片岡義男さんとか、角川映画になっている作品ですね」

 新聞記者になってからはスポーツ取材が長く、「時間も心の余裕も全くなくなって、読書からすっかり離れた状況が長く続いていた」と話す。40代後半からは、取材相手の著書や資料など、仕事に必要な本が、一気にデスクの周りに積まれるようになった。

 2014年に子どもが生まれ、これからのキャリアを考えはじめる。

 「新聞社に限らないんですけど、55歳で給与がガクンと下がるわけですよ。僕も例外なく55歳で落ちて、そのタイミングで子どもが生まれたんです」

 「60歳になった段階で、また給料も下がって、違う部署に行かなきゃいけない。仮に65歳まで会社にいたとして、子どもは小学生ぐらいなのかな。じゃあ次、何やろうかと思ったとき、新聞記者はつぶしがきかないんですよね」

 いろいろ考えて、自分は“本に囲まれたところ”が好きだと気づいた。

 「妻の実家がある佐賀で、古本屋でもやろうかな」。そう思い立った落合さんは、「2017年、『本屋』を始めます。」と書いた名刺を片手に、古本・新刊を問わず本屋やイベントに顔を出して“取材”した。

開業を目指していた頃、使っていた名刺(落合さん提供)

 「京都の堀部篤史さんが恵文社を辞められて、誠光社を作る段階で、東京でトークイベントをやったときは、『絶対行かなきゃ』と思って、一番前に座って聞いて、挨拶して話を聞かせてもらいました。荻窪にある書店『Title』の辻山良雄さんも、イベントで名刺交換してお会いしました」

 福岡にある書店「ブックスキューブリック」の大井実さんのアドバイスも転機になった。

 「『本屋やるならやっぱ新刊ですよ』って言われたんですよ。『やっぱり新刊を置いた方が店に勢いが出る』と言ってもらって、古本から新刊にガラッと方向転換したんです」

 最終的に、妻の「もうしばらく東京にいたい」という一言で、佐賀ではなく、東京で本屋をやることに決めた。こうして落合さんは、東京で物件を探しはじめた。

中2階のある不思議な物件との出会い

 いまの物件と出会ったのは、2016年秋。

 「僕は墨田区に住んでるんですけど、当初は家の近くで探していたんです。なかなか見つからなくて、不動産屋さんが、ちょっと自宅から遠いこの通り沿いの別の物件を紹介していただいて、実際に中を見て『まあ、ここでいいかな』と思ったんですよ」

 「契約の数日前に、改めてもう一回自分の足で来てみようと思ったときに、ここの前を通ったら、たまたまシャッターが半分開いていて、2階の梁が見えたんです」。心ひかれた落合さんは、隣の喫茶店に入ってみた。

 「店主に、『今度この喫茶店の隣の物件を借りようと思っているんです』と話したら、『あそこは賃貸物件だし安いわよ。大家さん知ってるから、紹介してあげるわよ』と言ってくれたんです」

 すぐに大家や不動産とつながった落合さんは、その日のうちに契約を決めた。

 内装デザインは、取材がきっかけで唯一知っていた建築家に依頼した。実際の改装作業は、その建築家が教えていた大学の学生たちが手がけたという。

 「建築家さんが、学生に『本屋を作ろう』みたいなワークショップの課題を出して、みんなで進めたんです。実際の大工作業は、滋賀県の大学の学生たちなんですけど、ここからすぐ近くのカプセルホテルに寝泊まりをしてやってくれたんですよ」

 こうして2017年の春に、リーディンライティンは開店した。当初、店頭に並んだのは300冊ほど。その多くが絵本だったという。

ベストセラーは置かない、選書のこだわり

 リーディンライティンでは、すべての本を買取で仕入れている。出版取次の配本に頼らず、すべて自分で選ぶという。一体どうやって選書しているのだろうか。

 「いろいろあるんですけど、ひとつはTwitterとかSNSで流れてくる情報や、新聞の書評を見ています。面白い本があった場合、ISBNコードをまずAmazonで調べるんです」

 「Amazonに飛ぶと、類書が並んでいるんですよね。テーマや著者や版元からつながる情報をもとに、面白そうな本があったらついでにメモする。それをノートに書いていって、ある程度たまった段階で注文するんです」

 「極めてアナログで、めちゃめちゃ時間のかかることをやっているんですよ。4年目なんですけど、こうして日々選書をして、在庫はオープン当時の300冊から、今は4800冊になりました」

 店内を見渡しても、ベストセラーのような話題作はほとんど目に入らない。

 「大きな書店で平積みされるような本は、うちで売っても仕方ないと思っているんです。時代をとらえていても、半年経つと『何それ?』みたいな本はありますよね。『〇〇賞』や『〇〇大賞』といったものは手を出さない」

 「逆に、かつてそれなりに評価を受けた本はいまだに売れるんです。出来る限り賞味期限が長い本。5年後も売れるロングセラーや古典を仕入れた方が、売れる確率は高いですよね」

 ジェンダーやフェミニズムの関連書籍の充実ぶりに、なぜこんなに造詣が深いのだろうと、以前から気になっていた謎をぶつけると、落合さんは「全然、造詣は深くないですよ」と否定した。

 「スポーツは男の社会で、女性がすごく抑圧的な状況にあることは色んな取材を通じてわかっていました。スポーツとジェンダーというテーマで取材したこともあります。(部活の)スクールセクハラの問題もありますし、元々興味はあったんですけど、ここまで本を揃えるとは思っていなかったですね」

 「ただ読みたいだけ。今まさに関心がある。ここ1年半は、僕の興味に答えてくれるような本がたくさん出ているので、さらに増えてきているところです」

18時に閉店、売上より大切なもの

 落合さんは、#今日最初にお買い上げいただいた本 をTwitterに投稿している。

 一冊一冊仕入れた本が、いつ旅立つかはわからない。明日かもしれないし、4年後かもしれない。それでもある日、ふと手にとってレジに運ぶお客さんがいる。

 「3年も4年も前に出た本を、このタイミングで買っていただけるのはうれしいですよね。書評にも載らないような本を、お客さんが見つけてたまたま買っていただくのは、すごい出会いです」

 「街灯りの本屋」として、コロナ禍で営業自粛を求められた4月も営業を続けた。図書館も閉まっており、たくさんの人が足を運んでくれたという。

 とはいえ、本を売る商いは「いまも厳しい」と本音も明かす。

 「待ちの商売なので、どんな人が、何人来るかもわからないし、どんな本が買われるかわからない。なかなか人が来てくれない、買ってもらえないことは日常茶飯事なので」

 「でも、うちは土曜と日曜に結構買っていただけるので、そういうときはすごくうれしいわけですよ。平日からガンガン売れていたら、よろこびは麻痺するはずなんですよ。残念ながら麻痺したことは一度もないですけど(笑)」

 営業時間は12時から午後6時まで。オープンの時から変わらない。当初は営業していた振替休日の月曜も、家族と過ごすために2年前から休みにした。

 落合さんは、「ずっと時短営業をしているようなもの」と楽しそうに表現する。

 「仮に19時、20時までやったとして、お客さんは来るかもしれない。でも、家族とご飯が食べられないじゃないですか。きれいごとを言っちゃうんですけど、家族との時間はお金に換えがたい。子どもも小さいので、できるだけ僕は家族と過ごしたい」

 「月曜定休なので、日曜にたくさん売れて家に帰って、ゆっくり食事しながらビールを飲むのは最高ですね。『明日休みだし。たくさん今日売れたし良かった。幸せ~』みたいな(笑)」

痴漢と差別、いま過去から学ぶということ

 そんな落合さんに、おすすめの人文書を尋ねると、いま読みたい2冊を挙げてくれた。

 ひとつは、社会学、ジェンダー研究の牧野雅子さんの『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』 (エトセトラブックス)。警察官を経て研究者になった牧野さんが、戦後から現在までの「痴漢」を関する雑誌や新聞記事を分析し、痴漢がどう報じられ、社会の意識がつくられたのかを読み解く一冊だ。

 本屋が推薦した本で作る一つの本棚「百書店大賞」の企画で、落合さんは2019年の一冊として本書を挙げたそうだ。

 「社会学的なアプローチで、痴漢がいかに男社会で消費されてきたが描かれているんですけど、いかに女性が日々不安と恐怖にさらされて生きているのか。僕は全くそういう視点がなかったというか、考えたことがなくて、負い目とは違うんですけど衝撃でしたよね。半世紀以上生きてきたのに、全く知らないことがあるんだと」

 落合さんは、230ページを開き、評論家で婦人運動家の故・山川菊栄が、女性専用車両の導入を新聞で知ったときのコメントを読み上げた。

鉄道省は、男子の同乗客の『悪戯』から婦人を救うために、『婦人専用車』を運転する計画を立ててゐるといふ。この事実は、(中略)日本男子の性道徳の水準を表明するものとして、世界の前に誇示せらるるに足るものであらう。

 「これが書かれたのは昭和3年(1928年)、何も変わってない……。そういう事実ひとつとっても女性専用車両があることは、本当に恥ずべきことだと僕はようやく気づいた。日本の場合、女性の参政権は戦後じゃないですか。たかだか70年ですよね。ちょっと信じられない思いもあります。この本に出会って、もっといろんなこと知りたいというか、知ってほしいなと」

 もう1冊は、『菊と刀』で知られるアメリカの文化人類学者・ルース・ベネディクトの翻訳書『レイシズム』(講談社学術文庫)だ。ナチスが台頭する1940年代に書かれ、純粋な人種や民族など存在しないことを科学的に明らかにし、国家、言語、遺伝、さらに文化による人間集団に優劣があるとするレイシズムを、歴史を紐解きながら反証する一冊だ。

 2020年に発売された本書は、精神科医の阿部大樹さんが新訳を手がけている。阿部さんは、リーディンライティンで開かれたトークイベントで本書を翻訳した理由を語ったという。

 「人種差別がある時代に、人種の優劣はありえないと科学的に論じている。当たり前の話なんですよ。今のアメリカの話や、日本の在日コリアンの差別もありますけど、今読んでも全く古くない。いまだにこういう事を言わなきゃいけない社会だとよくわかるんです」

 「東京オリンピック・パラリンピックに関する学校の授業で、日本人とか〇〇人を考える時間があったらしくて、精神科医の阿部さんのところに、外国をルーツに持つ子どもが不安を訴えるようなケースがちらほらあったらしいんです。阿部さんは、今こそこれを訳すべきなんじゃないかと、誰にも頼まれずに自分で翻訳をして、講談社に持ち込んだんですよ」

 どちらも、過去から学び、いまを見つめる2冊だった。それは落合さんの新聞記者としての姿勢を感じさせる作品でもあった。

 いま自分が読みたい本を選書して、世界をより深く理解していく。著者や翻訳者といった本の作り手と、出版イベントを通じてつながっていく。リーディンライティンは、本というフィールドで取材力を発揮する落合さんの、探求の軌跡が立ち現れた空間だった。

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