「無国籍」となった「朝鮮籍」の実像に迫る 『朝鮮籍とは何か』
記事:明石書店
記事:明石書店
帝国の時代に朝鮮半島から日本に移り住み、「日本帝国臣民」と暮らしていた朝鮮人とその子孫(以下、在日コリアンという)は、1947年の外国人登録令の下で「外国人」に登録するよう通達され、そこで「国籍および出身地」を示す欄に「朝鮮」と記載されることになった。これは「朝鮮」が出身であることを示すものであって、国籍を意味するものではなかった。その後サンフランシスコ講和条約(1952年)によって、国籍選択権のないまま「外国人」になると、在日コリアンはどの国家にも帰属しない「朝鮮籍」という「籍」をもった人びとになった。すなわち戦後の在日コリアンは「日本帝国臣民」から「外国人」へと転じていくが、そこでどの国家にも帰属しない「事実上の無国籍」や「国籍未確認者」と言われる人びとになったのである。
朝鮮籍の人は、1947年の外国人登録制度の下で約59万人存在したが、2019年末には約2万8975 人となった。現在は在日コリアンの多くが大韓民国や日本国の国籍を取得している。日本には韓国国籍者が45万1千人暮らしている(うち特別永住者は約28万5千人、「在留外国人統計2019年」より)。日本国籍を取得する人の数も、毎年数千人に上る。さらに朝鮮籍の人の中には、朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という)の国籍やパスポートを取得している人もいる。ただ日本政府は大韓民国を朝鮮半島における唯一合法政府とし、「北朝鮮」を「未承認国家」としているため、「北朝鮮」の国籍やパスポートを取得したとしても、それが日本で認められることはない。詳細は本書に譲りたいと思うが、こうした国籍をめぐる状況のみならず、日本の外国人政策や朝鮮半島情勢の中で朝鮮籍は国家にとって「都合がいい」ように解釈され、二転三転してきた。さらに2000年代に高まった「北朝鮮嫌悪」とヘイトスピーチは誤解や偏見を生むものとなり、朝鮮籍の人にステレオタイプされた「まなざし」を向けるものとなった。
このような事情から、本書は朝鮮籍をめぐる日本の状況のみならず、朝鮮半島情勢やその背景にある国際関係、グローバル化による影響にも注目しながら、朝鮮籍を紐解くものである。さらに国家(ナショナル)や国家間関係(インターナショナル)の次元にも焦点を当てるが、複数の国家に跨る人や社会の次元(トランスナショナル)から朝鮮籍を生きる人のリアリティにも光を当て、朝鮮籍の実像を描き出そうとするものである。
それでは3万人に満たない、マイノリティのなかのマイノリティとなった朝鮮籍に、なぜ注目するのか。
まず、朝鮮籍についてこれまであまり語られることはなかったことがあげられる。2000年代になって研究論文がいくつか発表されるようになったものの、一般的な書籍としては中村一成氏の『思想としての朝鮮籍』が先駆的な本として存在するだけであった。朝鮮籍をめぐる状況は複雑で、制度的な問題を孕むだけでなく、近年のヘイトスピーチの高まりとともに偏見や誤解が蔓延し、理解を深めることが容易ではなくなっている現実がある。こうした状況の中で朝鮮籍を語ることが難しく、朝鮮籍について語られない傾向さえある。
しかし朝鮮籍の人が切り開いてきた世界をみてみると、国家や帰属について新しい見方を提示してくれる。朝鮮籍の人は、国家への帰属意識をもたないわけではない。むしろ多様であり、朝鮮籍の中には、国家を跨いで活躍の場を広げていく人もいれば、日本国内にとどまる人、その中で民族的アイデンティティを強めていく人もいれば、民族的アイデンティティと切り離したところに自分の存在を置こうとする人もいる。あるいは地球人としての生き方を求める人もいれば、ローカルの地域社会に寄り添って生きる人もいる。そのあり様は多様であるが、いずれも国家への帰属を中心軸にしていく中では見ることができない姿である。
さらに朝鮮籍が映し出す世界は、国家への帰属や国籍が当然のように付与されていない世界であり、そうした人たちに向けられる「まなざし」がいかなるものなのか、国籍をもつ側の考えを浮き彫りにする。特に朝鮮籍は、国籍のない人の不自由さを強いるグローバル社会の仕組みを浮き彫りにしてくれるが、一方でグローバル化の流れの中で台頭した自国中心的な勢力がヘイトの矛先を国民国家の枠組みから零れ落ちる朝鮮籍のような立場にある人びとに向けることを容認する今の世界のあり様を投影してくれる。
この世界の流れを肌で感じてきた朝鮮籍の人は、目の前に突きつけられた閉塞感をどう突破しているのか、そしてこれからのグローバル時代をいかに生きようとし、そこでどのような国家との関係を構築しようとしているのか、朝鮮籍はグローバル時代の新たな生き方についても多くの示唆を与えてくれる。国籍がない人も、国籍がある人も、誰もが自由で平等となるためにはどう世界を構築したらいいのか、本書がその一助となることを期待している。