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体験も記憶も消えつつある「戦争」を知るために 紀伊國屋書店員さんおすすめの本

記事:じんぶん堂企画室

日本において戦争を体験した人がいなくなりつつある。戦争がいかなるものかを私たちが忘却しないためには
日本において戦争を体験した人がいなくなりつつある。戦争がいかなるものかを私たちが忘却しないためには

第二次世界大戦の全体像を知るために

 2020年は戦後75年の節目の年でした。75年も経つとその出来事は「思い出される体験」から「学ぶべき歴史」へと変化していきます。

 昨年刊行された『地図とタイムラインで読む第2次世界大戦全史』(河出書房新社)は私のように戦争を歴史として学ぶ人間にぴったりの資料です。「地図とタイムライン」とタイトルにあるように、時間と空間が図示されているので、いつ、どこで、何があったのか、一目でわかります。

 また我々が戦争について学ぶときはどうしても情報が日本周辺のことに偏ってしまいますが、本書はイギリスの歴史家が原書を執筆しているということもあり、ワールドワイドに第二次世界大戦の全体像が見えます。たとえば北欧が、あるいはアフリカが、大戦中どのような状態だったかをご存知の方は少ないのではないでしょうか。

 そうして一度第二次世界大戦をマクロの視点から立体的に眺めたあとは、ミクロの視点から戦争を見つめてみたいと思います。

BC級裁判から見える平凡で善良な人々の戦争犯罪

 『日本のいちばん長い日』や『昭和史』で知られる作家の半藤一利氏が今年亡くなりました。
 今回取り上げる『「BC級裁判」を読む』(日本経済新聞出版)は半藤氏含めて4名の歴史家が、戦争下の残虐行為を裁くBC級裁判について語る書籍です。国立公文書館に所蔵されながら長年非公開だった裁判資料が2002年から徐々に公開され始めており、本書ではその中から十数例の特徴的なケースを取り出し分析しています。

BC級裁判で裁かれた数々の事件は、故国では家族に愛され、友人から慕われている平凡で善良な人々による「犯罪」である。だからこそ、現在のわれわれに深い考察を迫る。戦争の恐ろしさ、深淵がそこに垣間見えるのである。 

 序章に書かれたこの数行が、本書の内容をよく表しています。

 半藤氏は東京大空襲の時にいくつもの焼死体を見ながら、「もう生涯、“絶対”という言葉は使わない」と決心したそうです。人間に“絶対”はありません。本書に描かれた残酷な戦争犯罪の数々を読んだ私もまた、「自分は絶対にこんなことはしない」とは思えませんでした。

戦争と太宰治の死

 批評家の加藤典洋氏が亡くなったのは2019年でした。主著である『敗戦後論』は戦後50年である1995年に発表されたものですが、そこで太宰治を題材として取り上げています。

 『完本 太宰と井伏 ふたつの戦後』(講談社文芸文庫)は『敗戦後論』のあとに著者が太宰についてどのように考えを深めていったか、その変遷が分かる書籍です。「太宰治はなぜ自殺をしたのか」というシンプルなテーマを軸に展開される批評は、推理小説を読んでいるような錯覚を覚えるほどスリリングです。

 太宰治と井伏鱒二という二人の文豪が第二次世界大戦という出来事といかに向き合ったのか、加藤氏の丁寧な批評によって読み解かれる二人の在り方は、日本人にとっての「戦後」というものを考えるにあたって非常に示唆的です。特に2013年の講演をもとに書かれた後半部分「太宰治、底板にふれる」については、その講演の前後の経緯をあとがきで知ると、どれほど精神の奥底で書かれた作品なのかがわかります。

戦後100年に向かって

 数年前に第一次世界大戦から戦後100年を迎えました。各地で記念式典が行われ、関連資料などが見直されましたが、直接的に体験が語られるということはありませんでした。100年が経つということはこういうことなのだと改めて思い知らされました。

 あと24年で第二次世界大戦から戦後100年を迎えます。直接的な体験を見聞する機会が減っていくからこそ、書籍から得られるものはますます大きくなっていくのではないでしょうか。

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