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ダメ上等!常識をぶち壊せ 疲れ気味のあなたへ 紀伊國屋書店員さんおすすめの本

記事:じんぶん堂企画室

池田匡隆さんの愛犬モモちゃんも現代社会にお疲れ気味(撮影:池田さん)
池田匡隆さんの愛犬モモちゃんも現代社会にお疲れ気味(撮影:池田さん)

 いつからだろう。どこの街へ行っても同じ店が同じように並び、社会が画一的になった。駅前のビルには必ず某ファストファッションブランドがあるし、つい先日まであった個人商店は気がつくとコンビニや100円ショップに姿を変えている。

 これも資本主義社会、経済競争の成れの果てかと嫌気がさすものの、かくいう私もその波に呑み込まれ、今だってファストファッション店で買ったスウェットを着てこれを書いている。

 経済を中心とした今の社会には「余白」が少ないように思う。

 効率化・生産性だけを追い求めて、非効率・できないことを「悪」とし、お金を生むことこそが「善」とする風潮に息苦しさを感じる。

 私たちは当たり前のように働き、お金を稼ぐことを上等としているけれど、それは果たして本当に良いシステムなのだろうか。もっと自由でアソビがあっても良いのではないか。頭をフラットにして、少し疑ってみたい。

「働かざるもの食うべからず」はもう古い!?

はたらかないで、たらふく食べたい 増補版』(著・栗原康、筑摩書房)の著者は、伊藤野枝や一遍上人の評伝でも知られるアナキズム研究家。タイトル通り、働かずして食べる生活を綴ったエッセイだ。現代社会では、「自立してお金を稼ぐ」ことを誰もが求められる。周囲から冷たい視線に晒されながら、そこに抗って生きていくのは容易ではない。

 著者が交際相手にプロポーズをするエピソードがある。結婚情報誌から得た知識で「年収の4分の1相当」に当たる3万円の婚約指輪を買い(当時著者の年収は10万円だった)、婚約を申しこむもあえなく撃沈。振られた理由はお金に関する将来の不安が理由だった。

「わたしは、はたらきません」なんていおうものなら、すぐにでも非国民あつかいされてしまいそうだ。しかし、そもそも労働倫理って、いったいなんなのだろうか。自分はいつからそんなものをうえつけられてしまったのか。(P.9)

 過剰な労働倫理は「稼げない=おちこぼれ」といった自己責任論に姿を変えてしまう。落伍者のレッテルを貼られ、負い目を背負って生きることを強いられる。それを著者は「生の負債化」と呼び、そこからの解放を呼びかける。時には親鸞の「他力本願」の教えを持ち出し、30代になっても親のすねをかじるわが身を堂々と正当化してみせる著者の生活は、とても自由に満ちていて少し羨ましい。

 本来、人の生き方にセオリーといったものはない。本書を読むうちに、労働とはひとつの「価値観」だと気づかされた。労働を美徳とする精神が誰しもどこかにあるけれど、性別や国籍と同じように、生き方、働き方にも多様性があると教えてくれた一冊だ。

「できない」を増やす

 現代の労働を語る上で、「生産性」という言葉をよく耳にする。この言葉の意味を深く考えさせられた『まともがゆれる』(著・木ノ戸昌幸、朝日出版社)を次にご紹介したい。

 京都にある障害福祉施設NPO法人スウィング。知的障害や身体障害などを抱えた障害者が毎日15~20人ほど通い、絵や詩をかいたり清掃活動などの社会貢献をしている。

 「できる」ことにこだわる視点から見れば、非生産・非効率なその空間には、お金を生むロジックがなく、生産性はないに等しい。けれど、「できる」に執着する私たちこそ、制約が多くむしろ不自由なのではないか。本書を読み進めるうちに、徐々に「障害」という言葉の定義が分からなくなってくる。

障害そのものが障害となるのではなく、暮らしてゆくことや働くことに不自由が生じたとき、それは初めて障害となる。飽きることなく効率を追い求めるこの社会の中にあって、『障害者』がどんどん増やされてゆく。社会が掲げる標準に『合わない』人が障害者という括りにカテゴライズされてゆく。(P.149)

 「効率」を最優先とする社会の構造では、障害のある人がまわりと同じ生き方をするのはとても難しい。だから、スウィングではひとりひとりの「居場所」を用意する。そこでは、できる事はやればいいし、できない事はやらないでいい。自らの弱さをさらけ出し、周りも「できない」を受け入れる寛容な社会。それはとてもまっとうで賢いコミュニティだと私は思う。私たちは、この本から学ぶべき点がたくさんあるはずだ。

「成長」を止める

 さて、ここまで人間の労働と内面について見てきたが、資本主義システムについても見てみたい。最後に、今年の新書大賞にも選ばれた話題作『人新世の「資本論」』(著・斎藤幸平、集英社)をご紹介したい。

 温暖化をはじめとした気候変動や、広がり続ける経済格差に警鐘を鳴らし、その根源となる資本主義の問題点を暴き出す。エコロジー研究に傾倒した晩年のマルクス思想を紐解きながら、先進国経済のスローダウン化=「脱成長」と、自然やインフラなど人類の共有財=「コモン」を共同管理するための共同体の再建を提唱する。

 どこまでも成長を求める資本主義システムは、大量消費・大量生産のような「物質的な豊かさ」はもたらしてくれる一方で、例えば家族と過ごす時間や余暇に使う時間が現代では希少なものになりつつある。先進国の生産力はもう十分すぎるほど発達しているのに、私たちの生活は一向に楽にならないし、いまだ過酷な長時間労働に縛られている。

 どれだけモノに囲まれようと、社会の「欲望」に底がない限り、心の豊かさは享受できないのではないだろうか。

 そうした現状から抜け出すためのカギが、「脱成長」つまり生活レベルの水準を落とすことにある。年中無休の店や24時間営業のサービスがいつしか当たり前になった私たちに、今さらそれを手放すのは難しいと思うかもしれないけれど、それにより「人間らしい生活」を取り戻すことができれば、その先にはきっと、地球にも人にも優しい未来が待ち受けているはずだ。それこそが、持続可能な社会ではないだろうか。

 ひとりひとりの幸福を考える新しい時代の価値観が、いま問われている。

 バック・トゥー・ザ・フューチャー。未来へ、還ろう。

おわりに

 いつも何かに追われているようで、せわしない日々に心が消耗する。

 そのせいか、近年はAIや効率化の手の届かない部分に、強く惹かれるようになった。少し遠回りだとしても、できる事は全部自分の手でやってみたい。そんな思いから、数年前から農作業を始めた。種を撒いてから作物が実るまで、時には数か月かかることもある。不作の事もあれば、鳥獣被害にあったり、天候にも大きく左右される。お金を出せばすぐモノが買える時代に、それは一見非効率な作業かもしれない。けれど、そうしたゆったりとした時間が今の私の喜びであり、豊かな「生」を与えてくれている。

 少しだけ、いまの社会に抗ってみたい。「~しない」ことに誇りを持ちたい。

 弱くていい。ダメ上等!スキップすると空は青かった。ぴえん。

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