ハワイ語は「タコ」のからだつきで覚えられる!? 消滅に瀕したことばが日常語に
記事:白水社
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ハワイ語の新刊が出ますと話すたびに、「え? ハワイは英語じゃないの? ハワイ語なんてあるんだ」という声が返ってくる。
しかし、ハワイといえばアロハ(ALOHA)──これがハワイ語なんだというと、なるほど、と納得してくれる。
ハワイはアメリカの植民を受けて英語が多数派言語になるが、もともと先住民のあいだで使われていたのがハワイ語だ。いまも先住民系の人々を中心にして話されていることばだ。
日本では意外と、ハワイ語はそこまでマイナーな立場ではないかもしれない。ハワイアン音楽の愛好者ならずとも、「アロハ・オエ(Aloha ʻOe)」というタイトルは聞いたことがあるだろう。オエ(‘oe)は「あなた」の意味で、oの前についた「‘」は、喉を閉めてから息を出す、日本語にはない音であることを示している。あるいは、熱心なフラダンサーなら歌詞やチャント(詠唱)を理解するのにハワイ語は避けて通れない。
フラダンスとハワイ語について面白い数字がある。日本のフラダンス人は200万人とも言われる。仮に、その1パーセントがフラに熱中してハワイ語を学習しているとすると、学習者人口は2万人になる。ではハワイではどのくらいの人がハワイ語を使っているのだろう。
家庭での使用言語に関するハワイ州の統計資料(2016年3月)によると、5歳以上の人口約128万人のうち、家庭でハワイ語を話しているのは約1.8万人です。4歳以下の子どもを算入して約2万人でしょう。内訳は年配の母語話者が多くて数十人で、1980年代に開始された没入教育(ハワイ語のみでの教育)を受けた新しい世代の母語話者、科目として学んだ第2言語使用者が大半を占めます。『ハワイ語で話そう』P.82より
日本のハワイ語学習者が2万人なら、ハワイ州のハワイ語話者の人口と同じか、あるいは多いことになる。日本はハワイ語大国といえるかもしれない。
ハワイ語はフラだけで使われているのではない。上に引用した文章にもあるように、ハワイ語のみでの教育を受けた世代がいて、そういう人々にとっては生活や仕事、学問のなかで使うことばになっている。また、ハワイ語を日常的に使うわけではなくても、名前にハワイ語を使うなど、ハワイの人たちのアイデンティティの根底に息づくことばなのだ。
ちなみに、ハワイ語で教育をする幼稚園は「プーナナ・レオ」という。声の巣という意味だ。プーナナ・レオの様子については、池澤夏樹著『ハワイイ紀行』の「生き返った言葉」の章に詳しい。『ハワイイ紀行』は1996年の刊行なので、このときプーナナ・レオに通っていた子どもたちがいまはハワイ語の母語話者として、親になっている計算になる。
【プーナナ・レオといっしょに合唱するプロジェクト・クレアナの動画:Project KULEANA: Nā Keiki O Ka Pūnana Leo O Maui ハワイ語を聴くことができます】
これまで、主にフラダンス愛好家のためのハワイ語のテキストは日本でもいくつか出されている。本書はそれらとは趣を変えて、現代の生活のなかで会話し、記事を読んだり動画を見たり、SNSでメッセージを書いたりするための、ハワイ語の学習書を目指した。読む、書く、聞く、話すといったいわゆる4技能の初歩が身に付く構成になっている。
ではハワイ語はどんなものなのか、簡単に紹介したい。
まず発音は、英語に比べるといたってシンプル。母音は日本語と同じであり、なんといっても子音がh, k, l, m, n, p, w, ‘(オキナ)の8つしかない。オキナは日本語にない音なので少し難しいかもしれない。また、必ず母音で終わるのも発音しやすい。
フランス語などヨーロッパの言語を学んだことのある人は、動詞が過去、現在、未来で形を変えることに苦労したはずだ。ハワイ語の動詞は時制の変化がない。「大きい」「うれしい」などの形容詞も、ハワイ語では動詞と同じように使える。形容詞は別に変化を覚えなくてはならない、ということがないのはうれしい。
もちろん、日本語とは大きく異なるために注意が必要なこともある。たとえば語順は日本語とも英語とも異なる。基本の語順は動詞+主語になり、文によってはそのあとに目的語や前置詞句が続く。興味深いことに、ハワイ語の語順をタコにたとえた説明がある。ハワイ語文法を説明するのに、英語などほかの言語の枠組みを借りることなく、ハワイ独自の概念で説明しようということなのだ。
さらにいえば、アロハAlohaという挨拶にも、ハワイとハワイ語への気持ちがこめられていると言える。というのは、Alohaのaはakahai「優しさ」、lはlōkahi「団結」、oはʻoluʻolu「穏やかさ」、hはha‘aha‘a「謙虚さ」、aはahonui「忍耐」を表すという説明がなされることがあるからだ。ハワイ的な価値観をハワイ語のもっとも有名なこの挨拶に込めたとこからも、ハワイ語が使えればいい、というだけでなく、ハワイ語を自分たちの支柱にするのだという意気込みを感じる。
もうひとつ、ハワイ語ならではの考え方に名詞のクラスというものがある。ハワイ語は名詞をaクラスかoクラスに分類する。基本的には「選択できるもの」がaクラスで、「選択できないもの」がoクラスになる。このクラスによって、名詞の前につく語の形が変わる。「私の」はaクラスの名詞にはkaʻu、oクラスの名詞にはkoʻuを使う。たとえば「私の名前」なら、名前は生まれてくる自分自身にはつけられない=選べないものなのでoクラス、つまりko‘u inoa(inoaが「名前」)という。親や兄弟姉妹もoクラスになるのは同じ理屈で理解できると思うが、友達はどうだろう。自分で選べるもののように思うが、ハワイ語ではoクラスになっている。一方で、恋人や配偶者は選べるもの=aクラスに分類される。また、ひとつの名詞でも捉えかたによってクラスが変わることもある。車、家、服などは商品として見る場合には選択できるものとしてaクラスになる。しかし、運転したり、住んだり、着たりと「空間を占める」ような文脈ではoクラスとして用いられる。このあたりの感覚は実際に使っていって身につけるのがよさそうだ。
本書は各課で短い基本フレーズを学び、単語を入れ替えて練習するというスタイルをとっており、易しい解説とともに進めば初歩的な会話ができることをねらいとしている。さらに応用編、読解編はSNSの投稿、記事の読解、動画の視聴など発展的な内容になっている。
ハワイ語のウェブコンテンツは充実しており、動画サイトにはハワイ語の投稿もあるし、新聞やラジオも利用できる。辞書も、決定版とも言われているハワイ語-英語辞書が無料でオンラインで利用できる。日本にいながらにして、ハワイ語を学び、楽しみ、交流することはできるのだ。
ハワイになんとなく興味があるという人は、ぜひ本書でハワイ語のはじめの一歩を踏み出してほしい。英語だけでは知りえなかったハワイの真髄が味わえるはずだ。
*冒頭のクイズの答えは「1:×、2:○、3:○、4:×、5:○、6:○、7:×、8:○、9:×、10:○、11:×、12:×」です。
(白水社・西川恭兵)