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92歳を迎えた作家・加賀乙彦の集大成 『加賀乙彦長篇小説全集』刊行開始にあたってのメッセージ

記事:作品社

著者の加賀乙彦さん
著者の加賀乙彦さん

本全集刊行へと至る経緯 担当編集者より

 作家で精神科医の加賀乙彦さんは、本年(2021年)の4月22日で満92歳を迎えられました。90歳を越えた頃から、最近では入手することが難しくなっているご自身の作品を、なんとか「紙の本」として残したいとの思いを折に触れて漏らしておられました。

 そこで当初は、紙でも電子でも手に入らない作品を集めた著作集を検討していたのですが、考えてみると戦後の作家の中でも、加賀さんほど「長篇小説」という形にこだわった作家も珍しく、ご自身が生涯を懸けて精力を注いできた長篇作品を、一堂に会して世に残しておきたいという意向が強まってきて、今回の「長篇小説全集」という形になりました。過去に短篇小説の全集が刊行されていますが(『加賀乙彦短篇小説全集』(全5巻、 潮出版社、1984-1985年)、長篇小説をまとめるのは今回が初めての試みです。

第6巻『錨のない船』。水戸部功氏による装幀
第6巻『錨のない船』。水戸部功氏による装幀

平和への想い

 陸軍幼年学校の生徒として敗戦を迎えた加賀さんは、一貫して「戦争」と真摯に向き合ってこられました。本全集に収録された作品の多くに、戦争当事者としての肉声が込められています。特に戦前から現代までのある一家の歴史を描いた『永遠の都』『雲の都』は、近代日本の精神史としても卓越しており、そこから戦争、あるいはそれを推し進めた国家というものの意味を汲み取れます。

 他にも『フランドルの冬』『宣告』などの、精神科医として無期囚・死刑囚の心理研究に携わり、長く患者と関わってきた加賀さんならではの作品は、精神医学と小説を結合した類を見ないものであり、読む人に大いなる感興を呼ぶことと思います。また、日米開戦の舞台裏が描かれている『錨のない船』は、安保法制が成立し、改憲の動きも強まっている現在、是非とも若い世代に読んでもらいたい、という加賀さんの強い想いがあり第1回配本としました。以降は基本的に底本の刊行順で、最後にキリスト教関係の三作品を収録した巻を置いています。

 文学研究者や、ふだんから文学に親しんでいる一般のかたがたはもちろんのこと、個人全集という性質や企画立案の意図を鑑みて、ぜひとも多くの公共図書館にも所蔵していただきたいと考えております。同時に、加賀乙彦作品にこれまで触れたことがなかった若い世代にも、本全集の刊行がきっかけとなり、読み継がれていくことを願っています。

「敗戦直後、長篇小説が飢えを忘れさせてくれる特効薬でした」 加賀乙彦さんからのメッセージ

 敗戦直後の飢餓の中、夢中になってトルストイを読んだのをきっかけに、ドストエフスキーから20世紀初めの小説に至るまで、ほぼ隈無く読みました。そこで、ヨーロッパの長篇小説の仕掛けの複雑さ、しっかりした骨格を具えていることを知ったのです。私にとって長篇小説を読むことは、飢えを忘れさせてくれるなによりの特効薬でした。

 小説はどのように書いてもよいという自由な世界です。その自由のさなかに、小説家は、独自の物語と文体と思想で作品を書き上げる。そこで提示される世界は、現実世界を独特のリアリズムでもって描き出すという制限をつけている。なぜならば、せっかくの小説の自由を、不自由にする理由は、過度の自由が自分の生きてきた時代を描く邪魔になるからです。

 事実そのものの世界とイマジネーションによるフィクションの世界とは、どこかできちんと接合しています。それが接合されていないと時代や国がわからないような小説になる。日本の小説家である以上、日本の現実と自分の小説の世界が、たとえフィクションであろうときちんと接合していなければならない。そういう形で私は実際の世界とフィクションの世界という二つの世界をずっと生きてきました。その結晶が今回の「長篇小説全集」です。

「加賀乙彦長篇小説全集」全18巻。各巻4,180円(税込み)
「加賀乙彦長篇小説全集」全18巻。各巻4,180円(税込み)

全集の詳細

 第1回配本の第6巻『錨のない船』は2021年5月にすでに刊行されており、全体の刊行スケジュールは、以下の通りです【()内が刊行予定月】。価格は各巻4,180円(税込み)です。

      ※      ※

・第1巻 フランドルの冬(2021年8月):フランドルの若き日本人精神科医の日々を描いた長篇処女作。芸術選奨新人賞受賞
・第2巻 荒地を旅する者たち(2021年11月):パリに暮らす一留学生の異常な青春体験を描いた長篇第二作
・第3巻 帰らざる夏(2022年2月):陸軍幼年学校の特異な日常を鮮烈に描く。谷崎潤一郎賞受賞
・第4巻 宣告 上(2022年5月)
・第5巻 宣告 下(2022年5月):独房の中で苦悩する死刑確定囚たちの赤裸な実態。日本文学大賞受賞
・第6巻 錨のない船:戦争に翻弄される外交官一家の肖像を描いた歴史長篇
・第7巻 湿原 上(2022年8月)
・第8巻 湿原 下(2022年8月):冤罪に巻き込まれた男女の魂の救済と愛の意味を問う。大佛次郎賞受賞
・第9巻 高山右近/ザビエルとその弟子/殉教者(2024年11月):高山右近、ザビエル、ペトロ岐部。波瀾の生涯を描いたキリシタン小説三部作
・第10巻 永遠の都 一 岐路(2022年11月)
・第11巻 永遠の都 二 小暗い森(2023年2月)
・第12巻 永遠の都 三 炎都 上(2023年5月)
・第13巻 永遠の都 四 炎都 下(2023年8月):東京を舞台に外科病院一族が繰り広げる自伝的大河小説。芸術選奨文部大臣賞受賞
・第14巻 雲の都 一 広場(2023年8月)
・第15巻 雲の都 二 時計台(2023年11月)
・第16巻 雲の都 三 城塞(2024年2月)
・第17巻 雲の都 四 幸福の森(2024年5月)
・第18巻 雲の都 五 鎮魂の森(2024年8月):『永遠の都』に続く自伝的大河小説の戦後編。毎日出版文化賞特別賞受賞

全巻詳細と刊行スケジュール。最終配本(第9巻)は、2024年11月を予定
全巻詳細と刊行スケジュール。最終配本(第9巻)は、2024年11月を予定

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