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文系の考古学と純粋基礎科学の天文学を横断するわくわく感『古代文明と星空の謎』

記事:筑摩書房

ストーンヘンジは夏至の日の出を示している
ストーンヘンジは夏至の日の出を示している

天文学と他分野の境界領域

 もうかなりの年数になるが、早稲田大学のエクステンションセンターという、いわば社会人向けの学外講座の講義を担当してきた。最初は天文学そのものずばりの講義を行っていたのだが、人気も高く、50人を超える方々が毎年のように受講され、リピーターも多かった。そのため、大学の講義のように毎年同じ内容というわけにはいかなかった。今年は天文学の最前線の話題を、翌年には再び天文学の基礎講座を、という具合に変化を付け、講師も私だけでなく、テーマに合った先生に依頼して来てもらったりしてきた。そんな中、大学では全く出来ないような講座をやってみよう、と思いたったことがある。現在あまたある大学では行っていないようなテーマの講義、それは私が出来るとしたら何かを考えてみた。もちろん自分の専門分野の流星や彗星というのもあるが、これだと大学院生向けになり、あまりにも深くなりすぎて、このような社会人向け講座には向いていない。そこで考えたのが、いわば「境界領域」である。天文学と社会、あるいは天文学と文学、さらには天文学と経済など、その対象となる範疇は広がっていくのだが、こうした話題も実はそれなりの大学を選べば、当該の講義やゼミが行われている。特に最後の天文学を宇宙開発まで広げて考えると、ご存じのように民間宇宙旅行の時代が目の前に来ていて、その方面での興味関心は高く、すでに大学でも関連する研究室ができてきている。

古代の人は星空をどのような思いで眺めていたのか?

 あれやこれや考えているうちに行き着いたのが、本書の原型となる古天文学である。古天文学とは聞き慣れない言葉と思うが、いってみれば天文学と考古学の境界領域といってよい。この古天文学分野は、それこそ研究者も少なく、大学でまとまった講義がなされているとは聞かない。もともと文系の考古学と純粋基礎科学の天文学の相性はそれほどよいわけでなく、両方にまたがって活躍する研究者も世界的にも少ない。私自身はもともと考古学にも少し興味があったこともあり、自らの勉強も兼ねて、連続講義をしてみようと思い立ったのである。分野違いの文献に当たるのはなかなか難しいことだったが、好奇心をそそられることばかりで極めて面白かった。古代の人たちが月や太陽、そして星空をどのような思いで眺めていたか、それをどんな目的でどういった形に残してきたか、先人たちの研究を辿ることで、自分自身が如何にわくわくしたか。そのわくわく感を講義でもお伝えできるといいなぁ、と思ったのだ。六回にわたった講義は、古代ヨーロッパの代表的遺跡であるストーンヘンジにはじまり、エジプトやマヤ、ポリネシア、そして日本のキトラ古墳までカバーしてきた。本書は、その講義録から起こして要約したものとなっている。

 ページ数の関係もあって、非常に有名なアステカ文明のナスカの地上絵関連や古代中国関連の話、古天文学の講義の二度目に含めてはいたが、古代ヨーロッパのゴールデンハットやネブラディスクといった、まだ評価も研究も途上の領域、それに古天文学の魅力のひとつでもある民俗天文学について充分に盛り込むことができなかったのは残念である。

ピラミッドは正確に真北を向いて建造されている
ピラミッドは正確に真北を向いて建造されている

理系と文系を横断して見えてくる新しい知見

 ただ、どうしても理系と文系とが分かれてしまう日本特有の分野の間の仲立ちをすることで新しい知見が生まれていくこと、またそうした見方によって古代遺跡や遺物の謎が読み解かれていくプロセスのわくわく感は共有してもらえる内容になった気がする。国立天文台にも、しばしば古墳の位置関係と太陽や月の出没の関係を尋ねてくる方がいらっしゃるのだが、そういった研究に最低限必要な基礎的な天文学や暦学の知識は(少なくとも数式は極力使わずに)習得できるように盛り込んである。在野の研究者が活躍できる分野でもあることから、本書によって刺激を受けた方々がどんどんこうした面白い研究に興味を持っていただくことも期待したいのだが、一方で、この分野の健全な発展のためには、何よりもわからないことを無理矢理何かにこじつけて意味を見いだすような、いわば〝えせ科学的〟な考え方に惑わされない方が増えることを願っている。

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