「ニューカマー研究」から「移民研究」へ ―移民第二世代の社会適応の分かれ目はどこにあるのか?
記事:明石書店
記事:明石書店
本書は教育学の視点から、1990年代以降、日本で急増したニューカマー移民第二世代の日本社会への適応状況について、ベトナム、カンボジア、中国、ブラジル、ペルー、及びフィリピンにルーツのある第二世代の子どもたち170名を対象に構想から足掛け8年間にわたって行われた調査に基づいて明らかにしたものである。その際、現在、国際的にもっとも広く参照される「分節化された同化理論(segmented assimilation theory)」に基づいた分析を行っており、実証、理論面のいずれもまさに一級の国際水準の研究成果と位置づけられる。
同理論の特徴は移民第二世代のホスト社会への適応に当ってすべての移民が文化や経済といった面で、ホスト社会のミドルクラスにスムーズに組み込まれるという単線的な同化を想定するのではなく、親の学歴、職業などの人的資本、受け入れ国の移民政策の在り方など社会としての移民の受入れ方(編入様式)、及び家族構造によって世代間にまたがる文化変容の型が異なり、その違いによって適応のパターンが異なってくるとすることである。こうした視点は、第一世代と違いホスト社会で生まれ育ち、その中で人格形成や社会化を経験する第二世代にとって、自らのアイデンティティをどのように形成するかが、学業達成や就労といった社会経済的な場面においても非常に重要であるという問題意識とよくフィットするといえる。
その結果、本書では移民第二世代の若者内部にエスニック・アイデンティティの多様化が見られること、及びそれに伴う学業・地位達成の分岐を発見している。具体的には日本と出身国文化の獲得とそれらへのアイデンティティの強さを軸に、日本と出身国へのアイデンティティを選択的に使い分ける「ハイブリッド志向」、出身国を中心とする「出身国文化志向」、日本を中心とする「ホスト国文化志向」、及びいずれからも距離をとる「マージナル」の4類型である。
この中で学業や地位達成において優れた結果を出すことが多いのが「ハイブリッド志向」、及び「ホスト国文化志向」であるとされる。調査対象者におけるそれぞれの類型の分布を見ると、もっとも多いのが「ハイブリッド志向」(95名)であり、そのあとが「ホスト国文化志向」(43名)、「出身国文化志向」(28名)、及び「マージナル型」(4名)であった。
また、こうした類型への分岐を説明するに当っては「分節化された同化理論」で示される4つの親子関係と文化変容の在り方が有効であるとされる。要約するならば、良好な親子関係をベースに親子そろって日本社会への適応を目指す場合(協和的文化変容)には「ホスト国文化志向」に、出身国と日本の文化を選択的に受容する場合(選択的文化変容)には「ハイブリッド志向」になるとされる。一方で、親子関係が不安定でその助けが得られない場合(不協和的文化変容)には、日本社会への適応を目指しつつもうまく行かず、返って日本の不良文化(やんちゃ系)に染まってしまうこともある。さらに、親子関係が安定的だとしても、両者そろってホスト国文化への適応を拒否する場合(文化変容への協和的抵抗)、「出身国文化志向」になることが明らかにされている。
これらに加え、就労、難民、留学生、国際結婚といった来日の経緯の違いや、日本国内でのエスニック・コミュニティの存在といったことも重要な役割を果たすことが明らかにされており、エスニシティごとの適応状況の違いがこうした要因によって説明されている。その結果、本研究独自の視点として、家族やエスニック・コミュニティからの支援が乏しい場合でも、日本社会の側から提供されるボランティアによる支援といったものが、移民第二世代の社会適応に資するケースを丁寧に分析し、「構築的文化変容」という概念を導き出している。かかる発見は本書の執筆者たちが長年にわたり地道なフィールドワークを続けてきたことの成果といえる。
以上が本書の発見のきわめて簡単な要約であり、これだけでも本研究の成果が厚みのある事実の観察に根差した説得力のあるものであることをおわかりいただけると思うが、しかし本書の価値はそれだけはない。
第一に本書はそのタイトルに移民という概念をストレートに用い、方法論としてもスタンダードな移民理論を用いている。本書の著者の一人である清水氏が序章において、本研究は「ニューカマー研究から移民研究へ向かって殻を破ろう」としたものである、と述べている点はまさにそのことを示している。
さらに清水氏は、これまでのニューカマーを対象とする教育学研究が、オールドカマーを含めたより網羅的な移民研究として行われてこなかった理由として、1980年代後半以降、「国際理解教育」として日本の教育現場で実践されてきた取り組みの在り方を挙げる。そこでは、もっぱら文化を鑑賞の対象とする「博物主義的」な視点に基づく「日本人の」児童生徒のための教育実践にとどまり、日本の社会構造から移民に対して引き起こされる差別や抑圧との関係を射程に入れられなかったという。これは教育分野に限らず、日本における移民研究全般に共通する鋭い指摘である。
本書が移民第二世代の社会的適応のプロセスを、学業・地位達成の観点から見て成功しているケースから困難を抱えるケースまで幅広く扱い、その分岐点の分析を含め、立体的に描くことに成功しているのは、地道なフィールドワークを通じた当事者からのヒアリングに加え、しっかりとした理論的フレームワークに立脚しているためといえよう。
かかる本書のアプローチは、教育分野の事象にとどまらず、広く社会経済的事象全般を視野に入れ、移民第二世代のライフコースに沿った適応プロセスを明らかにするものであり、従来の教育学の範囲を大きく超えるものである。その点、欲を言えば労働や経済の視点に立った分析が行われるならば、本研究はより充実したものとなるだろう。
いうなれば本書は「ニューカマー研究」から「移民研究」への一歩を踏み出したマイルストーンであると同時に、これまで学校の中のことを主に研究してきた教育学者がその外へと踏み出した非常に野心的な研究であるということができるだろう。同じ移民研究者として、心から歓迎したい。