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癒やしでもグルメでもない、本当に知ってほしい琉球

記事:明石書店

『歩く・知る・対話する琉球学――歴史・社会・文化を体験しよう』(明石書店)
『歩く・知る・対話する琉球学――歴史・社会・文化を体験しよう』(明石書店)

魅力度ランキング第3位の沖縄

 毎年秋に公表される「都道府県魅力度ランキング」(ブランド総合研究所)という数字がある。このところ、茨城県が「今年も最下位かどうか」が話題になるが、上位はどうなっているのか。2021年の数字では、1位、北海道、2位、京都府、3位、沖縄県、4位、東京都という結果らしい(2020年も同様、例年ほぼ同じようだ)。この順位はどこかで見たことがあるような気がする。東京・銀座周辺に集まる全国各府県のアンテナショップの不動の人気1、2位は、北海道と沖縄だ(じつは京都府のアンテナショップはないし、都内に東京のアンテナショップはありえない)。

 かつて上野から札幌に行く北斗星という夜行列車が走っていて、夕刻に上野を出ると、翌日の明け方に函館に着いたあと、延々と沿岸部を走って昼頃に札幌に着いた。その延々と続く海岸線に点々とつづく廃屋の様子ときらびやかな札幌の落差に目を覆ったことがある。資本主義が資源(ニシン)を売りさばいていた時代、蟹工船の時代の北海道の小樽には鰊御殿とよばれた屋敷もあったという。往時の賑わいはもうない。線路沿いに見える海岸線には住む(使う)人もいない浜の家がときとともに廃屋のままうち捨てられている。では、沖縄は? 日本に存在する米軍基地の70パーセントが集中し、子どもの貧困も日本全体のなかでもっとも深刻だ。

 「都道府県魅力度ランキング」の数字は、実際にそこで暮らしている人が見ている数字というよりも、「あそこが魅力的に見える」という外から見た数字なのではないか。北海道と沖縄はたしかに魅力的かもしれない。しかし、それは、ちょっと観光で遊びに行く、おいしいものを食べに行くということの魅力ではないのか。ランクづけする側は話題になればいいということなのかもしれないが、勝手につけられる数字で、とくに下位にランクされる側には迷惑でしかないだろう。ついでにいうと、毎年、最下位かどうか話題になる茨城県は納豆で有名だが、メロンの栽培で日本一だということを知っている人はどれだけいるのか(近所に住んでいる茨城県出身者は知らなかった)。

否定されてきた自己決定

 沖縄に住んでいるわけではない、あるいは出身ではない日本の人びとは、沖縄をどう思っているのか。その多くは、癒やしの島やちょっと変わった文化や美しい海やグルメを楽しむ土地ではないか。観光業界がはやし立てる「癒やしの島」という宣伝文句を見た沖縄の人が、「私たちの癒やしはどこにあるの」とつぶやいたという。

 来年(2022年)は、沖縄の「本土復帰」50年にあたる。今からNHKの朝の連続テレビドラマで沖縄出身者が主人公だとか、東京や福岡の国立博物館で復帰50年記念展が開かれるとか、50年記念○○が目白押しになるだろう。

 この原稿を書いている現在(2011年11月)から50年前の「復帰」直前、1971年11月17日、当時の琉球政府の主席だった屋良朝苗は「復帰措置に関する建議書」を手に羽田に降り立った。日米政府が主導する「本土復帰」があまりにも琉球の人びとの願いと主体性を無視し、米軍基地の固定化を進める内容だったことに抗議し、修正を迫る内容の建議書だった。しかし、屋良が羽田に降り立ったときには、すでに国会では「復帰」関連法案が強行採決された後だった。屋良はそのときの無念を「党利党略の為には沖縄県民の気持ちと云うのは全くへいり<弊履>の様に踏みにじられるようなものだ」と日記に書き残している。つまり、この原稿を書いている現在は、屋良の建議書が「踏みにじられ」てから50年にあたる。

 建議書のはじめには屋良が自ら書いたといわれる。「私は復帰の主人公たる沖縄百万県民を代表し、本土政府ならびに国会に対し、県民の率直な意思を伝え、県民の心底から志向する復帰の実現を期しての県民の訴えをいたします」という姿勢で書かれたはじめにこめられているのは、沖縄の主人公は県民であるという自己決定・自己実現の思想だ。あまりにも長きにわたり、自己決定・自己実現の権利を奪われてきたことに対する静かな怒りが率直につづられている。しかし、その後の50年の現実は、あいかわらず自己決定・自己実現は「弊履のように」踏みにじられたままではないか。辺野古新基地建設の是非を問うた県民投票の結果、県民の7割が建設に反対しているのに、いまだに日本政府は建設を強行しようとしている!

「沖縄」ではなく、「琉球」

 『歩く・知る・対話する琉球学』にある沖縄は、癒やしの島でもなければ、グルメの街でもない。そもそも沖縄ではなく、琉球だ。「沖縄」とは、「日本」からそう呼ばれた呼称であり、自らは「琉球」と名のっていたことに由来する。琉球学のタイトルがこの本の主張のいちばん大事なことを表現している。編者によるまえがきの一部を紹介しよう。

『琉球学』は、島々の土地を歩き、住民との対話というフィールドワークを通じて歴史、社会、文化を知り、国際的な比較を行い、様々な問題の解決を目指し、未来への展望を構想するなかでつくられてきました。

 この一文に本書のねらいがはっきりと示されているだろう。

 古琉球から三山、琉球王国を経て、明治日本による併呑、ソテツの地獄といわれた貧困、日本への同化の強制、沖縄戦、米軍基地問題などの歴史、子どもの貧困や環境などの社会問題、染織、工芸、食文化、宗教などの文化にわたる43のQA(さらに歴史上の重要人物16人の紹介)が本書の中心だ。

 それは、日本から見た「沖縄」ではなく、琉球の人びとが日本に知ってほしい「琉球」だといえるだろう。たとえば、グスクといわれる琉球の城は、「日本の城は、戦いの拠点という性格が濃いのですが、琉球のグスクは聖域、集落、城館という3つの性格を有するもの」というように、「日本」の常識とは異なる。

 この本は、まずは修学旅行で琉球を訪れる高校生のために、その事前、事後学習と旅行中に活用されるようにつくられている。QAの予備知識のうえに、本の後半に示されたフィールドワーク・ガイドを参考にすれば、ありふれた観光コースではわからない琉球の姿が見えてくるだろう。主要な博物館・資料館などのホームページにすぐにアクセスできるようにQRコードが付されている。活字だけでは限界がある情報も見つけやすいように工夫されている。

 もちろん、読者は高校生に限られるわけではない。社会人のオルタナティブ・ツアーやフィールドワークの参考にもぜひ手にとってほしい。

 この本を手に、島々を歩き、琉球の人びととの対話を深めたい。

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