「日本、やばい」をデータで直視する
記事:筑摩書房
記事:筑摩書房
2021年夏の日本ほど矛盾に満ちた社会はなかった。コロナの感染拡大がおさまらないのに、世論の反対を押し切って東京オリンピックが強行された。選手の活躍を伝えるのと同じニュース番組で、感染者の増加が報じられる毎日。医療が逼迫し、治療を受けられずに自宅で亡くなる人が出た。
たくさんの人が「日本って、やばい国では」と思ったはず。その直感を確信に変えるのが本書『「日本」ってどんな国?』だ。著者は『もじれる社会』など多数の著書で現代日本のありように警鐘を鳴らしてきた教育社会学者・本田由紀。家族、ジェンダー、学校、友だち、経済・仕事、政治・社会運動、「日本」と「自分」の7つのテーマを取り上げ、国際比較データによって「日本のいま」を浮かび上がらせる。数字が苦手な人も心配いらない。10代に向けたやさしい解説によって、するすると理解できる。
豊富なデータを前に実感するのは、この国の「やばさ」は他国と比較してはじめて明らかになるということ。そして、教育、家族、経済、政治など、さまざまな領域がからみあって醸し出されているということだ。
本書からデータを抜き出してスケッチしてみよう。たとえば、日本の生徒は学力は高いが、他国にくらべて学びへの動機づけが弱い。背景には、1クラスの人数が世界レベルで多いゆえ、教師の目がゆきとどかないことがある。
学校では日々「男が主、女が従」のメッセージが若者に注がれる。彼らが大人になってつくる家庭では、ケア労働負担が女性にばかり偏っている。家事・育児・介護などにかける時間は、1日あたり女性224分、男性41分と大きな差がある。男性の数値は30カ国で最低だ。
日本の雇用システムは、ケア労働をせず、会社に長時間(これも世界レベル)を割ける男性をモデル=典型とする。このモデルに合う男性は正社員となるが、そうでない女性や一部男性は非正規労働に追いやられがち。その賃金水準はとても低い。フルタイム労働者を100とすると、パートタイム労働者は56.6。他の先進国では70から80以上だというのに。
こうした状況を主導または放置してきたのは自民党政権だ。ひとつ政権交代でも……という流れになってもよさそうなものだが、投票に行く人は多くはない。国政選挙の投票率を比較したデータでは200カ国中150位だった。
とはいえ、現状に満足しているわけではなく、人々の家庭や仕事への満足度は他国にくらべて低い。きっと余裕がないのだろう。他人に冷淡で、過去1カ月で、助けを要する見知らぬ人を助けた者の割合は140カ国中139位だった。
人生のつまらなさには、若者も気づいている。高1を対象に「生きる意味」についての意識をたずねた調査の数値は73カ国で最低。高いのは、どんな方法で国の役に立ちたいかを聞いた別の調査で、「きちんと働き納税する」を選択した者の率だ。
……とデータを紹介しながら、泣けてくる。学校でも家庭でも会社でもひどい扱いを受け、不満があるのに、もくもくと働き、納税しようとする。ニュータイプの奴隷だろうか。
著者は問いかける。あなたたちにとって、何より大事なはずの「自分自身」が、この国の中で傷つき、損なわれてはいませんか、と。そして願う。人々が、生命や生活や気持ちを踏みにじられることなく生きていける社会を。
そう。私たちは踏みにじられてきたのだ。踏みにじられていると自覚できなくなるほどに。この国の「やばさ」の本質はここにある。「日本、すごい」などと言っている場合ではない。
現状を変えるには、現状を見つめることから始めるしかない。本書はそのための頼もしいガイドだ。読めば、「変えたい!」という気持ちが腹の底からわいてくる。10代はもちろん、大人も読んで、この社会を変えよう。本当に。