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ブリュッセル効果とは? GDPRは日本にも影響[前篇] アニュ・ブラッドフォードさん(コロンビア大学教授)

記事:白水社

ブレグジットやアメリカ覇権の後退で強化された、世界の新しいルール! アニュ・ブラッドフォード著『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略──いかに世界を支配しているのか』(白水社刊)は、欧州の高まる支配力の源泉について解き明かす。米中に対抗する「規制帝国」の全貌を伝える大著、待望の刊行。
ブレグジットやアメリカ覇権の後退で強化された、世界の新しいルール! アニュ・ブラッドフォード著『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略──いかに世界を支配しているのか』(白水社刊)は、欧州の高まる支配力の源泉について解き明かす。米中に対抗する「規制帝国」の全貌を伝える大著、待望の刊行。

 時事ニュースや、シンク・タンクおよび政府機関から絶え間なく出される政策分析を読むと、欧州の最良の時代は終わったという考え方が深く行き渡っていることにすぐに気づかされる。政策専門家、学者、また、欧州について記事を書くジャーナリストは、どのように「大陸の壮大な統一プロジェクトが失敗し、そのグローバルな影響力が衰えつつある」か、について注視している。かれらは「欧州の破綻」と記述し、あるいは「EUの崩壊と衰退──グローバルな存在意義の欠如との苦闘」と記録する。かれらは「欧州連合に迫り来る衰退」に言及し、あるいは「なぜ欧州はもはや重要性を失っているのか」を説明する。どうして「欧州の衰退はグローバルな懸念である」のかを指摘して、欧州の衰亡を嘆く人もいれば、「欧州は衰退への道を歩んでいる」と考えて、どうして欧州の衰退が自分で招いた結果であるのかを思い起こさせる人もいる。このような論評から出てくる説明では、欧州連合(EU)が意味のある存在として生き残ることにもがき苦しみ、老化し、衰退するパワーとして描かれている。

Chess pieces over an european map. Brexit concept[original photo: tanaonte – stock.adobe.com]
Chess pieces over an european map. Brexit concept[original photo: tanaonte – stock.adobe.com]

 EUにあると考えられる弱さにはいくつかの要素が存在する。統合された欧州はこれまで軍事パワーとなったためしがないため、グローバルな脅威にハード・パワーで対応するには不向きである。欧州の経済パワーは、アジアの台頭につれていまや衰えつつある。ユーロ危機の影響が長引いた結果、欧州のプロジェクトに対する一般大衆の信頼はいっそう低下した。これらの構造的課題をいっそう深刻化するものとして、EUは現在、自己主張を強めるロシア、経済的ポピュリズムと欧州懐疑主義の台頭、テロの増加、難民危機、また、もちろんのこと、イギリスのEU離脱(ブレグジット)国民投票に起因する新たな脅威と圧力に直面している。これらの危機が積み重なり、深刻化しているため、EUを最も熱心に支持する人々でさえ、おそらくEUの衰退は避けられないと思い込んでしまうかもしれない。

Young businesswoman walking near the parliament building of european union in Brussel city[original photo: rh2010 – stock.adobe.com]
Young businesswoman walking near the parliament building of european union in Brussel city[original photo: rh2010 – stock.adobe.com]

 本書[『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略──いかに世界を支配しているのか』]では、世界におけるEUの役割について正反対の別見解が提示される。すなわち、あらゆる難題にもかかわらず、EUは依然として影響力のあるスーパーパワーであり、自らのイメージで世界を形作っているという主張である。EUが衰退しているという説明が根強く見られるが、そこで見落とされているのは、EUのパワーのうち近年の危機によって影響を受けずに済んでいる重要な側面、つまり、グローバルな市場を規制するEUの一方的なパワーである。EUは今日、欧州だけでなく世界の至るところで、どの製品が造られ、また、どのようにビジネスが行われるのかに影響を及ぼす規制を施行している。このようにしてEUは、競争政策、環境保護、食品安全、プライバシー保護、あるいはソーシャル・メディアにおけるヘイト・スピーチの規制であれ、それらの基準を設定する能力があり、それにより類い稀な高度の波及力を伴うパワーを行使して、グローバルな市場を一方的に変えてしまうことができる。そのため、本書では、EUが財政面および政治面で力不足であるとしても、グローバル経済において主要な勢力であり、今後も長期にわたってそうであり続けると主張される。

Young businesswoman standing with phone near the Parliament building of European Union in Brussel city[original photo: rh2010 – stock.adobe.com]
Young businesswoman standing with phone near the Parliament building of European Union in Brussel city[original photo: rh2010 – stock.adobe.com]

 今日、iPhoneのプライバシーに関する初期設定や、ツイッターが許容できないとして削除するスピーチとはどのようなものかを、EUの規制が決めていることに気付いているアメリカ人はほとんどいない。これがアメリカ人だけに限ったことであるとは到底考えられない。EU規制の影響力の事例はグローバルな市場の至るところで豊富に存在するからである。インドネシアで木材はどのように伐採されるのか、ブラジルで蜂蜜はどのように生産されるのか、カメルーンでココア農家はどのような殺虫剤を使用するのか、中国の乳製品工場にどのような設備が導入されるのか、日本でプラスティック製玩具にどのような化学物質が含有されるのか、また、ラテンアメリカでインターネット・ユーザーにどの程度プライバシーが認められるのかを決めているのは、EUの法令なのである。

EU map and smartphone with location pins on it[original photo: tanaonte – stock.adobe.com]
EU map and smartphone with location pins on it[original photo: tanaonte – stock.adobe.com]

 これらは、本書が「ブリュッセル効果」として説明する現象のほんの数例にすぎない。ブリュッセル効果とは、グローバルな市場を規制するEUの一方的なパワーのことである。国際機構を利用することや他国の協力を求める必要もなく、EUはグローバルなビジネス環境を形作る規制を施行する能力を有し、グローバルな商取引についての多くの重要な側面を著しく「欧州化」することがある。他の多くの形態のグローバルな影響力とは異なり、EUは誰に対しても自己のスタンダードを強制的に押しつける必要がない。企業が世界中で自己の活動を規律するためにEUのルールを自発的に広げてくれるので、EUスタンダードをグローバル・スタンダードに変えるには市場原理のみで十分なことがよく起こる。特定の状況の下では、ブリュッセル効果は、単一の国・地域から生じる規制がグローバルな市場にまたがって経済的な営みの多くの側面に浸透する「一方的な規制のグローバル化」をもたらす。

House with European Union flag in hands[original photo: Jakub Krechowicz – stock.adobe.com]
House with European Union flag in hands[original photo: Jakub Krechowicz – stock.adobe.com]

 一方的な規制のグローバル化の決定要因を解明することにより、アメリカや中国のような他の大国ではなく、なぜEUがグローバルな商取引の支配的な規制者となったのか、また、なぜEUが一定の規制に限って輸出することに成功できるのかということも明らかとなる。EUには広大な消費市場があり、強力な規制機関に支えられている。EU基準は世界で最も厳格な基準を意味することが多く、外国企業がEUと貿易をする場合、自社の経営や生産をそのようなEU基準に適合させる必要がある。さもなければ、EU市場を全く諦めるしかない。ただし、EU市場を諦めることが多国籍企業にとって選択肢となることが稀にある。それはさておき、EU市場をめざす外国企業は規制対象を他の国・地域に移動させることによってEUルールを迂回することもできない。なぜならば、アメリカにあるようなもっと弾力的(elastic)な資本市場とは異なり、EUは非弾力的(inelastic)な消費者市場を主に規制しているからである。すなわち、資本は制約的な規制環境に直面すると逃避することができる一方、消費者は非弾力的なので規制環境が異なる国に移動しようとはしない。さらに、たとえEUが域内市場のみを規制するとしても、多国籍企業にとっては個々の市場に自社製品をカスタマイズするよりむしろ、自社製品をグローバルに標準化し単一のルールに合わせようとするインセンティブが強い。これこそが、どのようにしてEU規制が事実上のグローバル規制に転化されるのかを解く鍵となる要因である。もちろん、他の大規模な経済圏も一方的なグローバル規制の影響力を行使することは可能である。しかし、たとえばアメリカは、ほとんどの政策分野にわたって弱い規制基準を施行することを選択し、データ保護のような重要分野の規制を大部分市場に委ねることにより、実際にはグローバルな規制パワーをEUに譲っている。 

Cropped view of woman holding document near american and european flags isolated on white[original photo: LIGHTFIELD STUDIOS – stock.adobe.com]
Cropped view of woman holding document near american and european flags isolated on white[original photo: LIGHTFIELD STUDIOS – stock.adobe.com]

 本書は、EUの一方的規制パワーについて理論的および経験的(empirical)の両面で説明することにより、EUを弱体で衰えつつあるパワーとして描く当世の言説の誤りを正している。本書の目的は、EUの弱体ぶりを指摘する様々な論評を否定することではないし、そのような論評には価値がないと主張することでもない。全体的に理解する方がずっとバランスが取れていること、また、いくつか非常に基本的な点でEUは依然としてグローバル経済の強力なアクターであることを示すのが、本書の目的である。さらに本書はまた、EUを多国間協力と普遍的規範のチャンピオンと見なし、国際問題におけるアメリカの単独主義と好対照をなすものとして描く有力説に異議を唱えている。ブリュッセル効果は、EUの多国間主義と普遍主義に対するコミットメントが条件付きで受け取られなければならない類いのものであることを示している。他の大国と同じく、EUは国際的規範が自己の規制上の選好を反映するよう確保して国際秩序を形成しようとする。EUの規制選好は多国間的であることが多いとしても、実際にはずっと一方的なことも時折ある。また、アメリカは概して市場志向的に思われている一方、EUは市場不信であり、むしろ政府機関に依存していると見られている。しかしながら、ブリュッセル効果により、自己の一方的なグローバル規制パワーを解き放つために市場原理を最もよく利用しているのはEUであって、アメリカではないのである。したがって本書では、EUの最大のグローバルな影響力は多国間メカニズムと政治機関ではなくむしろ、市場と民間企業によって促進される一方的行動によるものであることが説明される。 

Building of the european parliament is one of the most spectacular buildings in brussels and adjacent park is popular place to relax.[original photo: dudlajzov – stock.adobe.com]
Building of the european parliament is one of the most spectacular buildings in brussels and adjacent park is popular place to relax.[original photo: dudlajzov – stock.adobe.com]

 様々な規制政策にまたがる数多くの事例により、本書はブリュッセル効果が存在するということだけでなく、それが重要であるということも示している。影響力をめぐる競争がグローバルに展開される中、規制パワーには高度の重要性がある。EU規制は世界中のあらゆる人々の日常生活の数多くの面に浸透している。ブリュッセル効果は人々が口にする食物、呼吸する空気、生産し消費する製品に影響を及ぼす。影響力を行使するための伝統的な手段の多くにおいて重要性が低下している一方で、EUの規制パワーはそれらよりも依然として持続的で展開可能であり、他国によって容易に損なわれるということも少ない。露骨な軍事力を行使することや、経済制裁または貿易協定や貸付協定の一部としての条件付き優遇措置に依拠することさえ、ますます難しくなっている。経済パワーはもはや、アメリカ、EUおよび日本のような少数の比較的同質の主要国・地域の独占的な領域ではなくなっている。今日、中国および他の新興経済国はますます裕福になっている。多様なパワーと異質な利益の世界では、一方的な経済パワーの行使が可能なことは稀である。世界貿易機関(WTO)の貿易交渉がなかなか妥結できなくなっていることは、強力な国がたくさん存在する世界ではどの国も単独で何かをなすことができるほど強力ではないことを思い起こさせてくれる一例である。今日、経済制裁が成功することはめったにない。なぜならば、禁輸の対象となった国々は、自国製品のために必要な代わりの供給者や市場を労せずして見つけることができるからである。貿易戦争が起これば、世界の市場はすぐに混乱状態に陥り、深刻な不安定が引き起こされ、また、そのような戦争を仕掛けた国を含むすべての当事国に著しい経済的損失をもたらすことがよくある。強国、および、世界銀行と国際通貨基金のように強力な国際機構が伝統的に影響力行使の手段として用いる条件付き援助およびその他の見返りは、中国のような国々がならず者国家にさえしばしば条件を付けずに援助を供与しようとするため、ますます実効性を失っている。それゆえ、こうした影響力行使のための伝統的な手段とは対照的に、規制パワーは単独主義が依然として機能する数少ない分野の一つなのである。

[後篇ではGDPR(一般データ保護規則)について解説]

【『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略──いかに世界を支配しているのか』序章より】

 

【著者動画:Anu Bradford - The Brussels Effect: How the European Union Rules the World】

 

『ブリュッセル効果  EUの覇権戦略──いかに世界を支配しているのか』目次
『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略──いかに世界を支配しているのか』目次

 

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