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日常でのちょっとした害になる体験の、思わぬ影響。子育て、そしてすべての人間関係に通じる大切なこととは

記事:春秋社

こどもの内面で何が起きているか、気にかけたことはありますか?
こどもの内面で何が起きているか、気にかけたことはありますか?

 二〇二一年の一〇月一七日付の毎日新聞の社説は、不登校の小・中学生が昨年度一九万人を超えたことを取り上げ、「コロナと不登校̶つながり守る対策が急務」と訴えている。

 記事を読んで真っ先に頭に浮かんだのが「つながりを作るための基本となるのは、リスペクトです」という本書の著者の言葉だった。

 東日本大震災以降、「絆」という言葉は日本社会のあらゆる場で見られるようになったが、「絆」=「人とのつながり」が私たちにとってなぜそれほど重要なのか、ということは議論されてこなかったように思う。同時に、どうすれば「つながり」ができるのか、ということについても深くは探られてこなかったのではないだろうか?

 著者は本書の中で、私たち人間は、進化の過程で、集団を作ることで厳しい環境を生き延びてきたために、つながりが切れる・つながりが拒否されることに対して非常に敏感であると繰り返し述べている。哺乳類である人間にとって、仲間がいないこと、誰ともつながっていないこと、孤独であることはサバイバルできないこと、つまり死をさえ意味することになる。それほど「つながり」は、私たちが生きるための基本的な条件だといえる。

 では、大人がこどもと「つながる」ためには、こどもが大人との「つながり」を感じられるようにするには、どうしたらいいのか? 「つながり」とはたんに一緒に暮らしている、同じ教室で学んでいるということではないのは明らかだ。

 著者は、セラピストとしてこれまでに優に九千時間を超えるチャイルド・セラピーを行い、その経験からこどもとの(大人とも)つながりを作る鍵となるのは「リスペクト(敬意を示すこと)」だと理解した。そして、こどもが敬意を払われていると感じ、受け入れられていると感じて、大切にされている、安心していいと感じると、脳が警戒を解いて、こどもの行動が「自然に」健全な方向に変わることを繰り返し目撃したという。

 著者によれば、本来のリスペクトとは、「私たちが相手の話を聞いて理解したときに、相手に捧げる、価値を測れない貴重なもの」のことで、偉い人を見上げて尊敬するというような上下関係の中で起こるものではない。そういう意味では、私たち大人は、こどもを「リスペクト」するとは、実際にどのような関わり方や会話(非言語を含む)を指すのかを、初めから学ぶことが必要になるかもしれない。そして、理論的には理解しても実行に移すことが難しいときには、本書でふんだんに使われている具体的な相互作用のイラストが読者を助けてくれるに違いない。

 また人によっては、そのような過程で、自分は果たしてリスペクトを与えられて育っただろうかと、幼少時をふり返って、考えこむ人もいるかもしれない。そして、自分の中に、思ってもいなかった自己否定の信じ込みが数多くあるのを発見するかもしれない(私もその一人である)。そのときには、第21章の「今も生きている記憶」を読むことで、自分に何が起きているかに気づき、最初につながるべき人物である「自分」とつながる道へと新たな一歩を踏み出すことも考えられる。

 つい最近のことだが、二歳のこどもを持つ若い夫婦と知り合いになる機会があり、子育ての話を聞いている中で、「一番難しいと思うのは、どこまで厳しく、どこまでやさしく(甘く)したらいいかなんです」という言葉を聞いた。その瞬間、いつの時代も、私がそうだったように、子育てで難しいと感じる部分は同じなのかもしれない、と思った。そして、現在子育てをしている方たちに、これから子育てをされる方たちに、一日も早く本書を届けたいと切に思った。

 著者は、自分の子育てに悩んだことから、セラピストになる道を歩んだ。昔ながらの伝統的なしつけをきちんとしていたはずなのに、こどもたちが自分から離れていくばかりだったということが本書の中に書かれている。

 訳者にとっては、本書を訳す作業は、自分がこどもたちにした子育てを振り返ることになり、反省と後悔を最後まで突きつけられた非常につらい時間でもあったが、同時に自分が育った環境(親・家族・コミュニティ・時代・場所・文化)を理解し、自分の中のこどもに出会い抱きしめるという、自分そして他の人たちとの和解の旅でもあった。

 最後に、本書のメッセージは、「つながり」を求める、どんな状況、どんな場所、どんな人にも通用する。

 「人間の脳にとって敬意を払われることはきわめて重要です。私たちがどんなグループに所属しているにせよ、私たちは敬意を払われることによって、自分がそのグループに所属している、安全である、みんなとひとつであると感じることができるのです」(第1章より)

 大人の私たちが、人と人との「つながり」こそが、私たち人類が哺乳類として進化し、生き延びることを可能にしてきたものであることを理解するなら、不登校のこどもたち、いじめている/いじめられているこどもたちの問題は、まさに人間としての「生存に関わる」問題なのだということが痛感されるのではないだろうか。

 そして、著者がくりかえし、「ふだんの生活において、こどものまわりにいる私たち大人たちが、こどもの話に耳を傾けて、それを理解すること(意見を押しつけない・アドヴァイスをしないで)が、『リスペクト』であり、そのリスペクトを通じて、こどもたちは自分が、家族に、学校に、地域社会に受け入れられていると感じるのです」と言っている言葉を信じて、私たちが、「ふだんの生活の中で」「本物のつながり」を、こどもたちとも、まわりの人たちとも、作ることを始められたらと思う。それはまた、新型コロナウィルス感染を防ぐために人との距離を置くことを余儀なくされている現在の社会で育つこどもたちの、健やかな成長を手助けすることでもあるはずだ。 (訳者・穂積由利子)

本書では具体的なコミュニケーションの方法を豊富なイラストとともにわかりやすく紹介している。かつその接し方が受容的な関わり方(左)か、支配的な関わり方(右)かという違いを、イラスト内に手のシンボルを添えて示している。(第2章「大人にとってこども時代が大切な理由」より)
本書では具体的なコミュニケーションの方法を豊富なイラストとともにわかりやすく紹介している。かつその接し方が受容的な関わり方(左)か、支配的な関わり方(右)かという違いを、イラスト内に手のシンボルを添えて示している。(第2章「大人にとってこども時代が大切な理由」より)

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