間食はやめられない! でも筋トレは始められない? ―行動の理解と変容を学習心理学から考える
記事:朝倉書店
記事:朝倉書店
私たちは日々の生活を送る中で、何らかのきっかけによって、それまでの生活習慣を維持できなくなることもある。たとえば、進学や転居などによる環境の変化、家族や友人など身近な人との関係の変化、天災や不慮の事故に遭遇する可能性もある。このような場合、私たちは、一時的に困難な状況に陥っても、次第に新たな生活習慣を形成し、それに適応していくことができる。しかし、困難な状況が長引き、新たな生活習慣を形成できない場合もある。これは、個体が置かれた環境において、不適応な状態にあるといえる。
学習心理学では、個体の不適応は何らかの学習(条件づけ)により獲得されたものと考える。このため、その治療は、学習の原理に基づいて不適応を改善することが基本となる。治療では、まず、問題となっている不適応行動が、古典的条件づけと道具的条件づけのどちらによって獲得されたものであるのか見極める必要がある。しかし、実際には、これらのどちらもが相互に関連していることが多い。個々の事例に応じて、適切に治療を進めるためには、2 つの条件づけの違いを理解し、それぞれの治療の手続きがどのような原理に基づいているのか理解することが重要である。本章では、まず、古典的条件づけに基づく臨床応用と、道具的条件づけに基づく臨床応用について、事例を踏まえて解説する。その上で、さまざまな不適応の背景に共通する行動として、特に、衝動性とセルフコントロールの問題を取り上げ、道具的条件づけに基づく最新の応用研究について紹介する。
道具的条件づけの原理は、個別の行動の理解だけでなく、個体差を超えて、いくつかの精神疾患に共通する行動の理解と、その治療にも応用されている。ここでは、特に、さまざまな不適応行動の背景にあると考えられる衝動性とセルフコントロールの問題を取り上げる。道具的条件づけの基礎研究から発展した選択行動研究(5 章参照)では、1970 年代に、オペラント実験箱(スキナー箱、オペラントチャンバー)を用い、動物を対象として、衝動性とセルフコントロールの研究が始まった。まもなく、その研究対象はヒト(成人)、子どもへと広がり、現在では、実験室外でも幅広く応用されている。
衝動性は、注意欠如・多動症(attention-deficit/hyperactivity disorder、 ADHD)、アルコールや薬物依存症、パーソナリティ障害などの精神疾患との関連が指摘され、それらの診断基準にも取り上げられている1)。また、喫煙、ギャンブル、肥満などのさまざまな不健康な行動につながることも指摘されている2、3)。学習心理学では、選択行動研究(5 章参照)の枠組みを用いて、動物やヒトを対象に、衝動性とセルフコントロールの問題を定量的に扱っている。即時に得られる小さな報酬(即時小報酬)と、待ち時間の後に得られる大きな報酬(遅延大報酬)間の選択場面において、即時小報酬を選択することは衝動性、遅延大報酬を選択することはセルフコントロールと定義される4)。このような選択場面で、動物やヒトの子どもは即時小報酬を選ぶ、つまり衝動性を示すことが知られている。そして、子どもは年齢が上がるにつれて、遅延大報酬を選択し、セルフコントロールを示すようになる5)。
ADHD児やASD児の示す衝動性は、臨床場面で主訴として挙げられることが多い。選択行動研究の枠組みを用いた研究では、発達障害児は定型発達児より高い衝動性を示す(即時小報酬を選択する)ことが明らかにされている。このことから、選択行動研究の枠組みは、発達障害児のセルフコントロール訓練にも応用されている。近年、ADHD児やASD児の衝動性の評価など6)、さまざまな精神疾患の診断や治療に応用する試みが始まっている。
「やめたいと思っていてもなかなかやめられない行動」は、なぜやめられないのだろうか。即時小報酬と遅延大報酬の枠組みから見ると、その行動の直後に、その行動をする個体にとって良い結果が随伴しているからである。言い換えると、その行動をやめることで将来に得られる良い結果(遅延大報酬)があっても、その価値は直後に得られる結果(即時小報酬)の価値より低いためである。同様に、「やろうと思っていてもなかなか始められない行動」は、なぜ始められないのだろうか。これも、その行動を始めないことで、その時にやっている別の行動の直後に、良い結果が随伴しているからである。言い換えると、行動を始めることで将来に得られる良い結果(遅延大報酬)があっても、その価値は直後に得られる結果(即時小報酬)の価値より低いためである。
自分の行動をコントロールすることができず、衝動的選択をしてしまう行動傾向について、「衝動性が高い」とか「意志が弱い」と表現することで、その人の性格として理解することもできる。しかし、性格として理解すると、その人に安定した性質として受けとめられるため、その性格を構成するような一つ一つの行動の変化を諦めてしまいがちである。学習心理学では、個体の一つ一つの行動を、それぞれ環境との相互作用として捉える。したがって、ある行動とその環境との相互作用を分析し、その分析に基づいて、個体の置かれた環境を変化させれば、行動は変化すると考えられる。選択行動の基礎研究の知見から、セルフコントロールを確立するための具体的方策として、①「弁別刺激を明確にする」、②「強化随伴性を設定する」、③「全体的見方の教育」の3点が挙げられる7)。日常場面の身近な問題を取り上げ、学習心理学の視点から、自分自身の行動変容に取り組んでみることは、学習の原理への理解を深めるだけでなく、それを臨床場面へと応用することの意義と課題の理解にもつながるはずである。演習6.1、6.2、6.3のワークシートは、デジタル付録〈e〉6.1 でダウンロードできる。介入例は、デジタル付録〈e〉6.2 を参照してほしい。
文献
1)American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 5th ed. American Psychiatric Association. ( 高橋三郎・大野 裕( 監訳)(2014) . DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル 医学書院)
2)平岡恭一(2017). 依存と価値割引 高橋雅治(編)セルフ・コントロールの心理学―自己制御の基礎と教育・医療・矯正への応用 北大路書房.
3)井垣竹晴(2017). 肥満とセルフ・コントロール 高橋雅治(編)セルフ・コントロールの心理学―自己制御の基礎と教育・医療・矯正への応用 北大路書房.
4)Rachlin、 H. & Green, L. (1972) . Commitment, choice, and self-control. Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 17, 15–22.
5)空間美智子(2022).セルフコントロールを育てる心理学―行動分析学からのアプローチ 昭和堂.
6)池上将永・荒木章子・他(2020). ADHD 児とASD 児における遅延割引率の測定. 小児の精神と神経, 60, 223-231.
7)伊藤正人(2005). 行動と学習の心理学―日常生活を理解する 昭和堂.