「武器なき闘い」を「夢物語」に終わらせないために 『フィンランド 武器なき国家防衛の歴史』
記事:明石書店
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私とジーン・シャープ博士の「非暴力行動 Nonviolent action」論とは、もう40余年の長い付き合である。今は昔の話となるが、思うに1980年のこと、『武器なき民衆の抵抗 その戦略的アプローチ』(小松茂夫訳、れんが書房新社、1972)に出会って以来、筑波大学での私の「東洋政治思想/政治思想」の講義やゼミのテーマとして「Nonviolent action」を取上げてきた。シャープの「非暴力行動論」の説明を冒頭に置き、具体例としてトルストイ『イワンの馬鹿』のタラカン王(Tapakáн ロシア語ゴキブリ。邦訳では油虫。両者は全く違うと思われるが…)によるイワン国侵略、それに対するイワン国の「大泣き」戦略の勝利の部分(第11節の後半、文庫版で2頁程)をコピーして渡してその勝利の過程を論じ、日本国憲法第9条とも絡めて、武器なき国防の可能性を講義してきた。私の講義が終わると、よく数名の元気な学生諸君が私を包囲し、「先生の気持ちは分かるけど、ヤッパ武器は必要です」、「世の中、何と言っても力がものを言います」等々と一斉に抗議したものである。
それでも私の講義に同意して私のゼミに入って「武器なき国家防衛」の事例を研究してみようという学生諸君もいて私を喜ばせた。ゼミ生の編集になる「論文集」の一例を挙げれば、『激動の1989年度版 Nonviolent Action ‘89東洋政治思想演習 ゼミ論文集』(発行:三石善吉、編集:熊谷真人・関口賢二・高橋雄一。A5判、40字×32行、220頁、1990/3発行)には15名の多彩・卓抜な研究論文が掲載されている。名前を省いて論題だけを略述すれば次のようである。
「ドゥホボール教徒の兵役拒否運動」、「インドの民族運動とガンジーの非暴力」、「イラン石油国有化運動」、「アルジェリア独立期における非暴力抵抗」、「砂川闘争」、「ルーサー・キングの非暴力公民権運動」、「非暴力的抵抗運動―モントゴメリーで起きたバスボイコット運動」、「60年安保闘争」、「非同盟運動と日本」、「1969年チェコ事件」、「1973年タイの〈10・14事件〉における非暴力行動」、「NLP・厚木→三宅島→--」、「ダライ・ラマ14世の非暴力運動」、「天安門事件の隠された意味」、「中国民主化要求運動の展開と血の日曜日」〔三石『武器なき闘い「アラブの春」』(阿吽社、2014)の「あとがき」に詳細〕。
さて学生諸君が危惧したように、国家の安全を守るには「ヤッパ武器」が必要なのだろうか。まずアジアでは中国の習近平政権〔1953~。在任2012/11/15~現在〕に至って狂暴化する。国際法を無視して東アジアの秩序・平和を強大な武力もて直接に脅かす存在に変身し、近隣諸国を恫喝して不安に陥れている。のみならず2018年3月17日には憲法79条の任期2期10年を削除して、習政権の終身体制への道を開いた。
この習近平と現在ウクライナを侵略しているプーチンの二人の独裁者の登場によって、日本でも近時急速に「憲法第9条の改正」論、「日本の防衛力の強化」論、果ては「日本の核武装」論すら飛び出した。
すでにアメリカはオバマ政権〔1961~。在任2009/1/20~17/1/20〕以降、「これまで担ってきた〈世界の警察官〉という役割」から降りており、日本はこの習政権にどう向き合うか、台湾有事に日本は・沖縄は〔また沖縄の米軍〕はどう対処するかが問われている。習政権はアメリカに代わって東アジア全域を支配しようとしており、沖縄列島は習政権の固執する第一列島線が直近を貫いている。尖閣諸島の・そして台湾の運命は極めて微妙である。今の所中国はアメリカの兵力に太刀打ちできないが、2028年頃には中国が台湾に侵攻する可能性があるという説もある〔清水克彦『台湾有事』平凡社新書、2021、31頁〕。このような状況にあって9条を持つ日本はどう対処するのか。日本は自国を守り切れるのか。憲法第9条から導かれる日本独自の平和国家の在り方は、この世界情勢下にあって極めて「危険」ではあるが、日本人の誇りと自信とをかけて、以下のような手順を踏んで断行してみる価値はある。
日本国憲法第9条の精神とジーン・シャープの「非暴力闘争論」から言えば、先ず第一に、「日本・(仮想敵)国家」の最高首脳の忍耐強い話合いによる戦争回避の道しかないであろう。固陋にして頑固頑迷な独裁者たちと対等に、誠意を尽くしてアジアの平和への道を説服出来る傑出した政治家の登場が必須である。これはスターリンやヒトラーを論破するにほぼ等しい困難な道であるが、フィンランドの〈パーシキヴィ・ケッコネン〉の外交路線、あるいはケッコネンの〈サウナ外交〉が一つの参考になろう(『フィンランド 武器なき国家防衛の歴史』176頁以下)。第二に、国際的には「憲法に平和条項」を持つ全ての国々との連帯網をしっかり作っておき、緊急時に国際的制裁包囲網を敷けるようにしておくこと(茨城の思想研究会編『ふる里からの憲法運動』同時代社、2007、拙論の59~60頁にEU25ヵ国+侵略戦争放棄13ヵ国+紛争の平和的解決21ヵ国、全59ヵ国を挙げた)、同時にこれと並行して日本はアジア諸国の民主的な組織や団体の援助/育成を実行して「専制独裁政権」包囲の厚い層を作っておく。第三に国内的には、国民一人一人が憲法第9条に基づく「非暴力闘争」の方法をしっかり理解し、かつ不退転の祖国防衛の非暴力国防戦略を実践できるよう予め十分訓練を重ねておく(詳細は前掲拙論参照)。第四に技術大国日本であるなら、専制独裁国家の洗脳報道・国内SNS監視網を搔い潜って、日本からの「真実の報道・反戦平和のメッセージ」を直接国民/市民に送ることが出来るような、最新の情報伝達技術を開発すべきである。
なお近未来において万が一、専制独裁国家との和平会談が決裂した場合シャープの「非暴力行動論」に依拠しつつ、以下のような戦略をとる。日本は断固「非戦/中立」の道を取ること、つまり武力での抵抗は一切しないこと、つまり自衛隊・在日米軍は一切動かないこと、「仮想」敵軍の日本=沖縄への上陸後でも傀儡政権ではなくて現那覇・東京政権が対応することを予め告げておく〔これによって上陸前の都市空爆と、上陸後の傀儡政権の成立を予防する〕。また上陸した地上部隊に対しては、平和的なあらゆる抵抗行動〔国会・政府・司法三権による、非暴力的抗議/説得・社会的経済的政治的非協力・非暴力介入など芬蘭政府/国民の取った抵抗戦術〕が取られることを、またその非暴力抵抗によって占領支配が極めてコスト高になり得ることを、更に国際刑事裁判所(Inter-national Criminal Court)の捜査を前提に占領軍の不法行為を総て映像に収めておくことも予告しておく。他方「仮想敵国」内の一般人民に対しては、高度な情報技術もて「仮想敵」政権の一方的な洗脳情報操作を掻い潜って、また上陸軍の将/兵に対しても一人の独立した人間として丁寧に応対して、日本の平和主義を、戦争は無意味であることを、仮想敵国の国民や兵士たちに伝え改心させることも重要となろう。このような「武器なき闘い」を「夢物語」に終わらせてはなるまい。