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「人新世の病」と闘うための処方箋[後篇] ピーター・J・ホッテズ×詫摩佳代『次なるパンデミックを防ぐ』より

記事:白水社

「人新世の病」を治癒する、世界的権威による処方箋! ピーター・J・ホッテズ著『次なるパンデミックを防ぐ──反科学の時代におけるワクチン外交』(白水社刊)は、パンデミックの背景にある国際政治の歪みを「ワクチン外交」の提唱者が浮き彫りにする。ポスト・コロナの基本図書。[original photo: Markus Mainka – stock.adobe.com]
「人新世の病」を治癒する、世界的権威による処方箋! ピーター・J・ホッテズ著『次なるパンデミックを防ぐ──反科学の時代におけるワクチン外交』(白水社刊)は、パンデミックの背景にある国際政治の歪みを「ワクチン外交」の提唱者が浮き彫りにする。ポスト・コロナの基本図書。[original photo: Markus Mainka – stock.adobe.com]

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ピーター・J・ホッテズ[Peter J. Hotez 1958─]
ピーター・J・ホッテズ[Peter J. Hotez 1958─]

ホッテズ博士が「修復される必要のある分断された世界と、ワクチン外交の可能性の双方を表しているように思える」(P. 198)と語る、バーネット・ニューマン作《ブロークン・オベリスク》。
ホッテズ博士が「修復される必要のある分断された世界と、ワクチン外交の可能性の双方を表しているように思える」(P. 198)と語る、バーネット・ニューマン作《ブロークン・オベリスク》。

 

グローバル・ヘルス・ガバナンスの課題について

詫摩 本書のなかでも触れておられますが、博士はグローバル・ヘルス・ガバナンスの中心としてのWHOに、広範囲に携わってこられました。WHOは、残念ながらCOVID─19への対応を批判されています。いま、WHOの改革が盛んに叫ばれています。たとえば、既存の国際保健規制の見直しや、新しいパンデミック条約創設などが議論されています。ポストコロナのヘルス・ガバナンスに何を期待していますか。

ホッテズ 既存のガバナンスのメカニズムは完全ではありませんが、重要であることに変わりはありませんし、今後も不可欠です。本書に書いたのは、大きなパンデミックが発生するたびに、私たちは何かを学び、変えていかねばならないということです。たとえば、2002年から2003年に初めて発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)のあと、あなたが指摘したとおり、国際保健規則(2005)が制定されました。2009年の世界的なインフルエンザ大流行のあとは、グローバル・ヘルス・セキュリティ・アジェンダ(GHSA)が策定されました。2014年のエボラウイルス病のあとは感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)設立の動きがあり、ジカ熱のあとも同様です。このように、大きな流行のあとには必ず漸進的な改善がなされています。
 COVID─19に関して、G20のリーダーたちはいまや、これが保健だけの問題ではなく、世界的な安全保障の問題であり、経済の問題であることを認識しています。このことを皆さんがもっと真剣に捉えてくれることを私は願っています。
 私たちが今おこなわねばならないことは、パンデミックをより効果的にコントロールできるよう、これまで以上にWHOを支援することだと思います。また、ワクチンへのアクセスと製造のためのシステムも構築しなければなりません。現在、ワクチンの製造は、多国籍の製薬企業に依存しすぎています。こうした企業の働きが悪いわけではなく、彼らはよくやっています。しかし、南半球のアフリカ、東南アジア、中南米ではワクチンへのアクセスが貧弱です。多国籍の製薬会社に依存するだけでは不十分なのです。
 そこで、それ以外の関係者、当事者の役割が必要になってきます。たとえば、インドやインドネシアのワクチン製造会社、アフリカのワクチン製造会社が必要です。現在、アフリカ大陸ではワクチンの開発と製造はほとんどおこなわれていません。中南米でもこれをおこなう必要があります。
 私は少しでも前に進むため、日本政府と協力して「グローバルヘルス技術振興基金(GHIT)」の発足を支援しました。GHITは非常に重要で、非常に期待しています。日本がGHITを通じておこなっているようなメカニズムを増やし、拡大させていくことが必要です。

SARS-COV-2 COVID-19 Coronavirus Vaccine Production in Laboratory, Close-up Shot of 3 Bottles with Branded Labels Stand on Pharmaceutical Conveyor in Research Lab. Medicine Against SARS-CoV-2.[original photo: Gorodenkoff – stock.adobe.com]
SARS-COV-2 COVID-19 Coronavirus Vaccine Production in Laboratory, Close-up Shot of 3 Bottles with Branded Labels Stand on Pharmaceutical Conveyor in Research Lab. Medicine Against SARS-CoV-2.[original photo: Gorodenkoff – stock.adobe.com]

 

グローバル・ヘルスにおける米国のリーダーシップについて

詫摩 本書のなかで述べておられるとおり、今回のパンデミックの影響は、公衆衛生の領域にとどまらず、社会・経済的分野にも広範囲に及びます。したがって、ポストコロナの世界では、おっしゃるとおり、参加者の面でも、活動の分野に関しても、より包括的でイノベーティブなシステムが必要になると思います。
 続いてうかがいたいのは、グローバル・ヘルス・ガバナンスにおける米国のリーダーシップについてです。本書のなかで、米国の科学者や科学的な能力は米国の優れた面を示すものであり、このことを世界に示していかねばならないと書いておられます。私もまったくそのとおりだと思います。事実、米国は、専門知識、最先端技術、人的資源、財源を活用して、第二次世界大戦後のグローバル・ヘルス・ガバナンスを主導してきました。HIV/AIDS(後天性免疫不全症候群)をコントロールし、天然痘やポリオを含むさまざまな感染症を撲滅に導いてきた米国の取り組みには、深い敬意を覚えます。
 こうした非常に優れた取り組みとは対照的に、COVID─19への世界的な対応においては、米国は必ずしも主導権を握っていません。トランプ政権はWHOからの脱退を表明し、COVAXファシリティには参加しませんでした。世界的なワクチン・アクセス格差に関しては、中国とロシアが西側諸国よりも進んでいるという声すら聞かれます。
 米国がヘルス・ガバナンスにおいて存在感を示せずにいる一方、ドイツはWHOへの資金提供が世界でもっとも多い国となりました。グローバル・ヘルス・ガバナンスにおける米国の現状は、一時的なものであり、米国はいずれリーダーシップを取り戻すのでしょうか。また、ポストコロナのヘルス・ガバナンスにおいて、米国にどのような役割を期待しますか。

ホッテズ WHOから脱退し、COVAXファシリティへの参加を拒んだ前政権のもとで数多くの基盤が失われたことには、疑いの余地はありません。大きな間違いであり、わが国をかなり後退させました。バイデン政権が発足したことで若干改善しましたが、完全に回復したわけではありません。米国政府には、世界でワクチン接種を推進する際に主導的役割を果たしてもらいたかったです。とくに南半球の、低所得国から中所得国に必要な90億回分のワクチン接種においては。
 これまでのところ、それは実現していません。私はホワイトハウスのメンバーとこの点について議論しました。問題は、政府がmRNAワクチンに重点をおきすぎていることにあります。このワクチンは新しい技術で、90億回分にまで増やすことは困難です。私が政府に提案したのは、テキサス子ども病院で私たちが開発した組み換えタンパクワクチンを使うことです。これはmRNAより前の技術で、すでにインドやインドネシアで使用されている技術です。私たちはこれを世界大に生産拡大することが可能です。
 政府はテクノロジーとイノベーション、そしてスピードを重視しすぎていると思います。私は医学博士号を持つ科学者であり、テクノロジーのイノベーションとスピードは大好きです。しかし、ときには古いタイプのワクチンが必要なこともあります。これは世界中で役立ちます。この点について、私は現政権を批判してきました。政府はいますぐ、世界に向けてワクチンの数を増やし生産しなければなりません。2023年、2024年まで待つのではなく、早急におこなう必要があるのです。

詫摩 その点に関していえば、ちょうど昨日(2021年11月2日)、米ノババックス社の開発した組み換えタンパクワクチンを、インドネシア政府が世界で初めて緊急使用許可したというニュースがありました。途上国におけるワクチン・アクセスの問題が改善することに期待できるでしょうか。

ホッテズ ノババックスワクチンの問題は、増産が依然として難しいことです。だから私は、われわれが開発した、酵母をベースとした組み換えタンパクワクチンのような、よりシンプルなワクチンに重点をおいて、採用可能かどうか確かめてきました。日本でもこうしたことはおこなえます。たとえば武田薬品がわれわれのワクチンを採用し、世界に向けて生産することは可能でしょう。それにより状況は大きく改善されると思います。

Global healthcare concept. World globe crystal glass on blue stethoscope on glossy desk. Health and medical science. Worldwide wellness business.[original photo: zephyr_p – stock.adobe.com]
Global healthcare concept. World globe crystal glass on blue stethoscope on glossy desk. Health and medical science. Worldwide wellness business.[original photo: zephyr_p – stock.adobe.com]

 

グローバル・ヘルスにおける日本の役割について

詫摩 ポストコロナの世界では、次なるパンデミックを予防し、世界全体で病気の負荷を軽減するために、継続的な取り組みが不可欠になります。日本は、多国間および2国間の支援でユニバーサル・ヘルス・カバレッジの推進に力を入れてきました。日本の製薬会社も、市場シェアは限定的であるものの、これまで顧みられてこなかった熱帯病のためのワクチン開発に取り組んでいます。日本の製薬会社エーザイは、かつて博士が所長を務めていたセービンワクチン研究所と協力して、シャーガス病のワクチンを開発しました。
 かつてないパンデミックを経験したことで、日本政府は、日本がパンデミックに対していかに準備不足であったかを認識し、2020年秋に「ASEAN感染症対策センター」の設立を発表しました。同センターは、本地域の共同ワクチン開発の基盤となることが期待されます。また日本は、先ほど述べたクアッド諸国とともにワクチン外交にも取り組んでいます。COVID─19後のグローバル・ヘルスにおいて、日本にどのような役割を期待しますか。

ホッテズ 米国と同じように、日本のグローバル・ヘルス外交の状況は複雑です。日本のグローバルヘルス技術振興基金(GHIT)は重要な第一歩でしょう。規模が小さく、拡大の必要はあると思いますが、世界や、G20のその他の国々にとっての良い見本です。これに沿って韓国も同様の基金を設立しました。革新的なGHITを設立したことに関して、日本には大きな功績があります。今後もそれを継続し、拡大させていく必要があるでしょう。
 エーザイの話が出ました。実はエーザイはもうセービン研究所とは提携していません。私たちと提携しています。テキサス子ども病院と。しかしそれも限界があります。アジュバントの知的財産権の問題があるためです。
 日本のワクチン業界が、国際的なワクチンに関して主導権を握り、存在感を発揮していくことを期待しています。彼らは、デング熱ワクチンで非常に良い仕事をしました。武田薬品のデング熱ワクチンです。これは素晴らしいことですが、もっと増やしていく必要があります。COVID─19のワクチンにおいては、日本のワクチン業界の姿がまるで見えません。もっと存在感を示すべきなのです。日本のワクチンメーカーが私たちのワクチンを採用し、世界に向けて生産拡大していくところを見てみたかったです。彼らにはそれができたはずです。 
 ここでも状況は米国と同じように複雑です。日本のワクチン業界も重要な働きはしていますが、G20の国々同様に、十分とはいえないのです。もっと多くのことをする必要があります。

Vaccination, global world medicine protection from coronavirus concept vector illustration. Cartoon doctor hand in medical glove holding vaccine injection syringe to vaccinate globe planet background.[original photo: lembergvector – stock.adobe.com]
Vaccination, global world medicine protection from coronavirus concept vector illustration. Cartoon doctor hand in medical glove holding vaccine injection syringe to vaccinate globe planet background.[original photo: lembergvector – stock.adobe.com]

 

学際的な研究協力の重要性

詫摩 本書を読み、病気をコントロールする取り組みは国際政治学、経済学、科学、生物学、そしてもちろん医学など、さまざまな専門分野と密接に関連していることをあらためて認識しました。次なるパンデミックを防ぐために、学際的な協力はますます重要になると思います。一方、本のなかで述べておられるように、それぞれの専門の壁はとても高いのも事実です。日本では、今回のパンデミック以降、複数分野の専門家たちが議論する機会が増えていますが、そうした機会が、確実な成果を生み出すための十分な研究協力につながるのか不透明です。こうした科学の硬直性を解消するためのアイデアはありますか。

ホッテズ おっしゃるとおりです。大学の構造は、とくに米国では、依然として硬直性が高いです。つまり、誰もが個別の専門の殻に閉じこもり、他人と話をしないのです。いまおっしゃったように政治学者、経済学者、社会科学者、気候変動専門家、地球科学者、生物医学者などのあいだで学際的な対話を増やしていくべきでしょう。私たちは皆、多面的な問題を解決するために互いに話をする必要があります。それをしないと、ほとんどの場所で大学の構造は硬直したままとなります。日本の大学をみてみると、あなたの出身の東京大学やその他の大学をはじめ、世界有数の大学があります。
 世界の大学は、学際的な機関や研究所を設立して人びとをこの対話に参加させるため、さらなるイノベーションを起こす必要があります。現時点では、この対話は居心地の悪いものです。ほとんどの学者は、自分の専門分野で出世するために、自身の専門に関する論文を書いたり、発表したりしなければなりません。
 専門分野を横断した学際的な対話を育む方法を見つける必要があります。国際関係の専門家であり政治学の専門家であるあなたと話す機会を持てると知ったとき、とても嬉しかったのもこうした理由からです。これこそまさに、われわれに必要なことであり、米国の大学が、ヨーロッパの大学が、そして偉大な日本の大学がおこなうべきことです。私たちにはそれができます。しかし、教授や大学院生がこれを、よりしっかりとした方法でおこなうためのインセンティブを考える必要があります。

 

日本の読者に対するメッセージ

詫摩 最後に、日本の読者にメッセージをお願いします。すでに日本語にも翻訳された博士の前著『顧みられない熱帯病──グローバルヘルスへの挑戦』(北潔監訳、東京大学出版会、2015年)と同様、このたびの訳書もさまざまな経歴を持つ、多くの日本人に読まれるでしょう。そして、顧みられない熱帯病(NTDs)やブルーマーブル・ヘルス、人新世の新たなちからと感染症の関わりなど、多くのアイデアに触れることでしょう。日本の読者にメッセージはありますか。

ホッテズ 日本の読者に伝えたいことは、日本には次なるパンデミックを防ぐため、また、グローバル・ヘルスにおいて、リーダーシップを発揮する大きな機会があるということ、そして、次なるパンデミックとの闘いを導く大きな潜在力があるということです。
 日本には偉大なサクセスストーリーがあります。第二次世界大戦後、日本は寄生虫感染症やその他の感染症の脅威を克服し、現在ではグローバルヘルス技術振興基金(GHIT)を通じてその範囲を海外に広げています。これは非常に重要です。また、日本にはいま、非常に力のある製薬業界と優れた大学があります。グローバル・ヘルスのリーダーとなるための準備は整っています。
 いまこそ日本は、パンデミックの政策において戦略的になるだけでなく、顧みられない病気やパンデミックの脅威に対抗した新しい技術、新しいワクチン、新しい診断方法、新しい製薬のために、大学と産業界が官民連携で動く必要があると考えます。
 COVID─19から始めることも可能ですが、そこにとどまらないと思います。そうすることで、グローバル・ヘルス・ガバナンスにおいてリーダーシップを発揮することが、日本の新たな役割になるでしょう。大いに期待しています。

 

実施日時:2021年11月4日午前2〜3時@東京(同3日午後0〜1時@米国テキサス州ヒューストン)
方法:ズームを用いたオンラインインタビュー

 

【ピーター・J・ホッテズ『次なるパンデミックを防ぐ──反科学の時代におけるワクチン外交』(白水社)所収「補章 ポストコロナのグローバル・ヘルスに向けて──ホッテズ博士へのインタビュー」より】

「人新世の病気とその要因」について ピーター・J・ホッテズ『次なるパンデミックを防ぐ 反科学の時代におけるワクチン外交』(白水社)P. 138─140より
「人新世の病気とその要因」について ピーター・J・ホッテズ『次なるパンデミックを防ぐ 反科学の時代におけるワクチン外交』(白水社)P. 138─140より

 

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