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ラディカルに「政治」のシステムを再考! 『未来救済宣言──グローバル危機を越えて』[後篇]

記事:白水社

マイケル・サンデル激賞! イアン・ゴールディン著『未来救済宣言──グローバル危機を越えて』(白水社刊)は、新自由主義の40年から訣別し、不平等から気候変動まで〈新しい社会〉に赴くための提言書。開発学の世界的権威による「処方箋」。
マイケル・サンデル激賞! イアン・ゴールディン著『未来救済宣言──グローバル危機を越えて』(白水社刊)は、新自由主義の40年から訣別し、不平等から気候変動まで〈新しい社会〉に赴くための提言書。開発学の世界的権威による「処方箋」。

[前篇はこちら]

【著者動画:Rescue: from global crisis to a better world | LSE Online Event】

パンデミックが加速した政治シフト

 アジアの隆盛とアメリカの相対的衰退は数十年にわたり続いてきたが、パンデミックがドナルド・トランプ大統領の失政をなおさら際立たせ、アメリカの退潮に拍車をかけた。かたや中国と近隣諸国はパンデミックに比較的うまく対応しており、ほかの地域と比べて東アジア隆盛の勢いが増した。世界的にみれば、アメリカの地位は長期的停滞を経て、2020年、急激に低下した。アメリカはたしかにナンバーワンである。ほかのどの国よりも感染死者数が多いという悲劇的な事実に反映されているとおりだ。

Mask on microphone in White House. Coronavirus COVID 19 of president of USA concept.[original photo- Maksym Yemelyanov – stock.adobe.com]
Mask on microphone in White House. Coronavirus COVID 19 of president of USA concept.[original photo- Maksym Yemelyanov – stock.adobe.com]

 アメリカ国内の失敗は、国際社会から距離をおく姿勢にあらわれている。トランプ大統領は、アメリカが70年以上にわたり粘り強く築き上げてきた国際秩序を自ら台無しにした。世界規模の協調とリーダーシップが何よりも必要なときに、アメリカは世界に背を向けた。ジョー・バイデン大統領と経験豊富な顧問団は、トランプの大統領府とさほど見栄えは変わらないかもしれないが、アメリカへの評価が内政面でも外交面でも部分的に高まりそうではある。共通の目標の達成に向けて、大きな違いを見せる可能性はある。ただアメリカへの評価が国際的に回復するには時間がかかるだろう。その間、中国の影響力は高まり続けるだろう。アメリカが単独で世界的な事柄を決定することは、二度とできないだろう。新型コロナは、中国よりもアメリカの経済により大きな打撃を与えた。中国は急速に回復し、いまや、2028年までにはアメリカを経済的に凌駕すると予測されている。以前の見通しより5年前倒しだ。政治的には、パンデミックによってアメリカの優越性という認識には風穴が開き、それとともに、他国が羨むべき能力主義と民主主義を体現する理想の国という考え方も崩れ去った。経済面と軍事面における支配的パワーの喪失にアメリカがどう向き合うかによって、私たちを待ち受ける世界がどのようなものになるかが決まるだろう。対立するアメリカと中国それぞれの支配圏に結集するかたちで世界がより分裂するのか。アメリカと中国が違いを乗り越え、グローバル・リスクの低減、共存共栄の未来の創出に向け協力できるのか。この点では、EUの役割がきわめて重要になる。

 EUはイギリス脱退によって活性化した。パンデミックは保健医療と経済の脅威となったが、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長のリーダーシップのもと、EUはそれらへの対応に大きな進歩をみせた。さらには、カーボン排出削減に向けた新たな環境政策にも取り組んだ。しかしながら、国際舞台で力を発揮するには、加盟27カ国のコンセンサスを得る必要があり、これがEUの能力の足かせとなる。EUが多角的体制で強いリーダーシップを発揮しようにも、とくにポーランドとハンガリーがその能力を削いでいる。

ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長 Ursula Gertrud von der Leyen[1958─]photo by Etienne Ansotte © European Union, 2021
ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長 Ursula Gertrud von der Leyen[1958─]photo by Etienne Ansotte © European Union, 2021

 この間、イギリスは、ヨーロッパの政策に対する影響力を通じ、かつては行使していた政治力を失い、危機の猛威をまともに受けている。ブレグジットによる深刻な経済不況、パンデミック対応の誤りの渦中にいるのだ。アメリカにとっては、大西洋を挟んだイギリスとの「特別な関係」など、EUとの関係に比べれば、今後はるかに重要度が下がるだろう。イギリスは2021年、COP26の気候サミットとG7会議のホスト国だが、これがアメリカのバイデン新政権と参加各国との初顔合わせとなる。この機会を活かせれば、気候変動への取り組みを加速できるかもしれない。さらには、世界全体で極度の貧困と飢餓を撲滅することを含め、国際的に合意された「持続可能な開発目標」(SDGs)実現への道に途上国を引き戻せるかもしれないのだ。この歴史的機会に向けて、イギリスがステップアップするには、援助予算の大幅削減やEUおよび中国との落ち着かない関係をなんとかしなくてはならない。

 トランプ大統領は選挙結果を受け入れず、選挙で不正がおこなわれたという根拠のない主張を繰り返した。この状況は暴徒と化した群衆による議事堂占拠にまで達したが、これによって、民主主義のロールモデルとしてすでに落ちぶれていたアメリカの地位がさらに揺らぐこととなった。ジョー・バイデン率いる大統領府は、世界の舞台でアメリカへの尊敬を回復し、アメリカの国際的役割の重要部分を元に戻すため、何らかの対応策をとるだろう。たとえば、気候変動に関するパリ協定への即時復帰、国際保健機関(WHO)への再加盟、国際連合分担金の支出と国連における建設的な役割強化などである。

People protesting against multicultural opinion. Young people from different countries showing their ideology. Young together under same defense[original photo- Manpeppe – stock.adobe.com]
People protesting against multicultural opinion. Young people from different countries showing their ideology. Young together under same defense[original photo- Manpeppe – stock.adobe.com]

 1世紀以上もの間、アメリカの道徳的権威を蝕んできたのは、国内的には政治権力と金融の瘉着、国際的には経済的・戦略的な利益の飽くなき追求だった。こうした利益の追求は民主主義的・人権的な関心事項よりも優先され、独裁者や反民主主義的クーデターに肩入れすることもあった。しかしながら、バイデン大統領の支持基盤を考えれば、その外交課題には、民主主義や人権の追求が掲げられるだろうし、ウラジーミル・プーチン大統領のような独裁者への対応もより毅然としたものになるだろう。
 
 米中摩擦の高まりは、貿易取引の伸びが鈍化していたように、パンデミック前から明らかだった。しかしながら、パンデミックによって米中とも内向きとなり、自国の緊急事態への対応が重視されるようになった。そして、感染拡大は「中国ウイルス」のせいだとトランプ大統領が躍起になって非難すると、米中関係はさらに悪化した。 

 パンデミックの間、トランプ政権下のアメリカはグローバル・リーダーシップの空白状態を生み、中国はこれにつけ込む機会を得た。トランプ大統領がWHO脱退を決定したことによって、2020年5月の総会では、習主席が開会の基調講演をおこなうことになったのだ。中国はパンデミック前から積極的な外交活動を展開していたが、さらにギアが上がった。緊急事態に対応するため、先頭を切って、イタリアやアメリカなど150カ国以上に必須の医療用備品を送り届けた。中国は製造業の強みを活かし、2000億枚以上のマスク、20億着の防護服、8億回分の検査キットを供給できた。これにより、ワクチンの早期開発と相まって中国企業への依存が固定化し、貧困国では中国からの寄付頼みとなった。

Sheets of paper with words reflecting the political situation in the world.[original photo- Yevhenii – stock.adobe.com]
Sheets of paper with words reflecting the political situation in the world.[original photo- Yevhenii – stock.adobe.com]

 パンデミックの震源地と非難され、中国に対するイメージは高所得国では傷ついてきたが、アフリカやラテンアメリカの多くの国では、一般にヨーロッパやアメリカから拡大したのだと信じられている。中所得国および低所得国では、自由民主主義国のソフトパワー衰退は放置され、権威主義国、とくに中国とロシアのソフトパワーがなりふり構わず推進されている。緊縮政策や世界情勢への関心の低下が原因となり、アメリカ、イギリス、ヨーロッパでは外交に回される人と資金が不足するようになった。まさにそのとき、中国とロシアが外交活動を増強したのだ。このことは、海外派遣される外交官の数や対外的メディア・文化交流への資金の急増にあらわれている。 

 過去10年以上にわたり、中国は世界中で200以上の孔子学院を開設してきた。一方、イギリスではBBCの国際放送、ブリティッシュ・カウンシル、在外大使館はすべて予算削減の憂き目を見た。またアメリカ国務省、ボイス・オブ・アメリカの予算も同じように減らされてきた。この間、中国は「一帯一路」構想によって、贈与・借款・技術的な支援を組み合わせ、100カ国以上の案件に関わり、世界的規模でのプレゼンスを急速に拡大してきた。ロシアは自国のハードパワー行使を何ら躊躇しない。パンデミックの間に、サイバー攻撃、敵対人物の命を狙う襲撃、選挙への介入、フェイクニュース発信への支援が強化された。ロックダウンに対する市民の支持を低下させたり、反ワクチン運動を支援したりすることによって、政府への不信を広めることもあった。

One Belt One Road new Silk Road concept. 21st-century connectivity and cooperation between Eurasian countries.[original illustration-arkadiwna– stock.adobe.com]
One Belt One Road new Silk Road concept. 21st-century connectivity and cooperation between Eurasian countries.[original illustration-arkadiwna– stock.adobe.com]

 これら広範囲にわたる行動があるにせよ、トランプ政権時代、多角的システムにとってもっとも脅威となったのは、中国でもロシアでもない。システム自体を守るべきアメリカこそが最大の脅威だった。

 アメリカは、第二次世界大戦後ずっと世界の狩猟場の管理人という立場だったのに、トランプ政権期、もっとも危険な密猟者になった。このことがパンデミックによって白日のもとにさらされた。アメリカは地政学を自ら破砕することによって、地経学の崩壊を促したのだ。これまで第二次世界大戦後のいかなる危機においても、世界中の対応策を結集したのはアメリカだった。2008年、グローバル金融が崩壊したとき、ジョージ・W・ブッシュ大統領は世界のリーダーに呼びかけた。中国の説得に成功し、中国が世界的対応の主役となった。パンデミックの間、トランプ大統領は中国への攻撃を強め、中国をスケープゴートにして貿易上の緊張関係を悪化させた。そして、保健医療と経済の緊急事態に対し、世界中が断固たる行動をとるという展望をまったく閉ざしてしまったのだ。

 

【『未来救済宣言 グローバル危機を越えて』(白水社)所収「第10章 政治とパワーシフト」より】

 

イアン・ゴールディン『未来救済宣言──グローバル危機を越えて』目次
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