台湾海峡に注がれる「弱肉強食のロジック」 張博樹『紅い帝国の論理 新全体主義に隠されたもの』
記事:白水社
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台湾海峡をみてみよう。南シナ海を経略する戦略的意図の一つは、台湾問題の解決である。筆者のみるところ、台湾海峡両岸の分割統治を徹底的に終わらせ、「祖国の完全統一を実現」することが、習近平が確定できる可能性がもっとも高く、もっとも達成しなければならない戦略目標でもある。
まず、「中国の夢」が「強国の夢」である以上、両岸の統一は当然ながら「中国の台頭」、「中華民族の偉大な復興」の根本的な標識である。これについては習近平自身も毛沢東、鄧小平と同等の、ひいては毛沢東、鄧小平よりも高い歴史的な地位を築くことが可能となり、この誘惑はどのような独裁者であれ軽視すべきではない。
第二に、内政の角度からみれば、台湾を獲得することは大陸における中国共産党の執政の合法性を高めるのに役立ち、大陸の経済的、政治的、人権的なさまざまな醜悪さを退けた後、チベット独立、新疆ウイグル自治区の独立、香港独立という考えを徹底的に断ち切ることができる。
また、(この点がより現実的で緊急性があるが)台湾島内の民意はますます「統一」から遠ざかって「独立」に近づいている。長年にわたり、中国共産党が経済統一戦によって台湾の政界やビジネス界の上層部と一般大衆を買収する方法にはほとんど効果がなく、民進党の登場は両岸統合の見通しをさらに悪化させ、一部のタカ派軍人の言葉で「平和統一」を語ることに、もはや望みはない。
つまり、台湾の回収は習近平の南シナ海大戦略ないしはグローバル戦略にとって必要である。トランプ大統領の当選後、米露関係の改善が中露関係にもたらした不確実性を踏まえると、習近平は台湾問題の配備を加速させる可能性が高い。
もちろん、習近平にとってこの大きな行動のリスクは小さなものではない。理論的には台湾獲得には多くの選択肢があるといっているが、最良の選択は当然のことながら戦わずに兵を屈することだ。だが、武力による解決はつまるところあらゆる選択の最終的な基礎であり、少しでも差があれば完全に負けてしまう可能性がある。習近平はこの賭けをする気があるのだろうか、まだ観察しなければならないだろう。
要するに、台湾海峡、南シナ海は中米対決の第一線であり、将来における真の火薬庫であり、双方ともにこの戦いを勝ち取るのに十分な理由がある。
では、もし衝突が発生した場合、純軍事的な観点からの見通しはどうなるだろうか。米国のランド研究所は7月29日に研究報告を発表し、この問題について砂盤演習を実施した。
「中国との開戦、考えられないことを考え抜く」(War with China - Thinking Through the Unthinkable)と題したこの報告書は、戦争が2015年から2025年の間に勃発すると想定しており、急速かつ高強度の戦争、長期的かつ高強度の戦争、短期的な中強度の戦争、長期的な中強度の戦争という4つの戦争のシナリオがあり得ると仮定している。
戦争の強度は、双方の指導者が敵の勢力に対して躊躇うことのない攻撃を与えるようにそれぞれの軍隊に命令したか否かにかかっている。両国が長期的な戦争をするのに十分な資源を有していることを考えると、戦争が継続する時期はどちらが先に戦う意思を失うか、あるいは戦争を継続することが逆効果の結果を招くと意識するかにかかっている。
報告書の総括的な結論は、中国の軍事能力の向上に伴い、ひとたび米中開戦となれば、米軍はみずから予想した方向へ戦争を発展させることを確保できず、決定的な勝利が得られるとは限らない。しかし、ひとたび開戦し、とくに両国が長期的かつ高強度の戦争に陥れば、中国の損失はさらに大きくなるだろう。米国にもたらされるのはGNPの5~10パーセントの減少だが、中国の減少幅は25~35パーセントに達する可能性がある。
中国の軍事力の急速な増加は確かに事実である。
1996年に台湾海峡で威勢を振るった米空母に直面した北京が感嘆するしかなかったとすれば、現在の中共軍〔中国人民解放軍〕は空母に対応できる有効な手段を有している。それは東風21─D対艦弾道ミサイル(ASBM)だ。報道によると、このミサイルは威力が大きく、射程距離も遠く、発射プラットフォームは機動化され、ミサイルの飛行は極超音速に達し、先端は高速で機動的に突撃するという。また、複数のミサイルや複数の型番のミサイルを一斉に発射するなどの飽和攻撃が可能であり、空母打撃群は防ごうにも防ぐことができない。
米誌『エア・パワー』は、「冷戦後、米軍の海上戦力投射能力を阻止する可能性がある最初の兵器だ」と表現した。同ミサイルの射程距離1500キロメートルは南シナ海の大部分の海域を効果的にカバーすることが可能で、台湾海峡戦が勃発した場合、米空母艦隊が第一列島線に進入して援護するのを効果的に阻止することができる。
米軍機は本土から太平洋を越えて遠く離れているが、日本の沖縄嘉手納空軍基地やオーストラリアのダーウィン空軍基地の米軍機が命令を受けて台湾に飛び立つことになれば、北京は直ちに日本やオーストラリアを参戦先として攻撃することができ、戦争の規模はさらに拡大するだろう。
米軍が中共軍の台湾占領や東風21─Dによる空母艦隊への脅威を阻止するには、中国大陸沿海の各省にある地上基地のミサイル発射プラットフォームと戦略指揮センターを直接攻撃しない限り、戦火は中国大陸本土に燃え上がることを意味する。そうした状況では、北京はさらに激しい反撃行動に出て、グアムひいてはハワイを攻撃目標とするだろう。
中共の軍隊は昔からひどく腐敗していたので、解放軍が本当に戦闘力を有しているか信じない人がいる。筆者がみるところ、腐敗は事実だが、中共軍が軍事力においてすでに長足の進歩を遂げていることも事実だ。現代の戦争はハイテク戦争であり、「200メートル以内の熟達した腕前」など必要ない。
ナバロは新刊『臥虎──中国の軍国主義は世界にとって何を意味するのか』(Crouching Tiger : What China’s Militarism Means for the World)〔邦訳、赤根洋子訳『米中もし戦わば──戦争の地政学』文藝春秋、2016年〕で核戦争の可能性さえも予言している。ナバロは、「核戦争の可能性は、中国人民と彼らの独裁政権とのあいだに分裂状態が存在することにある。中国政府の最終目標は中国人民の福祉を増進することではなく、統治権力を永遠に掌握することだ。そのため、中国の指導者は米中戦争で失敗するかもしれないと気づいたとき、核兵器を使い政権を守ろうとするだろう」と述べている。
【『紅い帝国の論理 新全体主義に隠されたもの』(白水社)第五章より】