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高野秀行「謎の独立国家ソマリランド」書評 西洋式でない国、嘘のような現実

評者: 内澤旬子 / 朝⽇新聞掲載:2013年04月21日
謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア (集英社文庫) 著者:高野秀行 出版社:集英社 ジャンル:一般

ISBN: 9784087455953
発売⽇: 2017/06/22
サイズ: 16cm/576p

謎の独立国家ソマリランド [著]高野秀行

人がこの地球上で生きるのに、国家というところに所属しなければならなくなってどれくらい経つだろう。それが最良のやり方なのか、時々わからなくなる。
 ソマリアと聞けば、無政府の内戦状態にあって、外国人が立ち入ることなど到底出来ないところだと思っていた。それが旧英領ソマリランドの部分だけ「勝手に」独立して、ソマリランドと名乗り、自分たちだけで話し合って内戦も解決し、十数年も平和を保っているという。そんなことができるんだろうか。にわかに信じがたい。
 著者はこの国の「平和」を確かめるように歩く。主だった産業もなく、街は貧しいものの、市は立ち、ご飯に困ることはない。武器を携えて歩く者もいない。携帯電話も普及している。海外諸国から正式に国と認められてなくても、独自の通貨は酷(ひど)いインフレもなく安定し、学校もあるし、モノも海外から入ってくる。政府の悪口を言ったらすぐ逮捕されることもない。確かに普通に暮らしている。ただし海外に離散したソマリ人からの仕送りで財政が成り立っているというのがミソ。日本からだって、大使館もなくビザもとれないのに、送金はすぐに出来る。しかもなぜか金券ショップから。
 一方隣接する南部ソマリアを歩けば、国連が認める国家にもかかわらず、いまだ無政府状態の紛争中で、海賊が跋扈(ばっこ)するプントランドあり、ガルムドゥッグなる自称国家まで乱立。まるで戦国時代。護衛兵なしでは一歩も外出できないという状況。なのにモガディシオの放送局は、辣腕(らつわん)とはいえ、まだ20代の女の子が支局長となり、年上の男たちと現場を駆け回る。イスラム国なんだが? 彼らの嘘(うそ)のような現実が露(あらわ)になるたびに驚き呆(あき)れ、時に笑い、膨大なページ数も気にならずにぐいぐい読めてしまう。
 複雑な氏族社会の歴史など、わかりやすくまとめてあることもさることながら、既存の常識や内戦の悲惨さにひきずられず、ありのままのソマリを知ろうとする著者の視点が心地よいからだろう。
 遊牧民として、昔から争いに慣れた彼らは、仲直りをするときに、どちらが先に手を出したのかや原因を問わない。焦点はどれだけの被害があったかに絞られ、人ひとり殺されたらラクダ百頭を遺族に差し出すというような精算方法を伝統的にとって来た。
 しかしさすがにソマリランドの内戦被害は大きく、ラクダでは精算しきれない。それでは彼らは何を差し出して解決できたのか。
 彼らの伝統を活(い)かしたやり方を、そのまま真似(まね)はできないにしろ、西洋式の平和と民主主義が絶対正しいと思う必要もないんだなと、思えてくる。
     ◇
 本の雑誌社・2310円/たかの・ひでゆき 66年生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学探検部当時に執筆した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。著書に『世にも奇妙なマラソン大会』『ワセダ三畳青春記』『西南シルクロードは密林に消える』など。