「やさしさ」で武装して生き抜くために! キム・ホンビ『多情所感』
記事:白水社
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【原書紹介動画:김혼비 산문집 "다정소감" 북트레일러】
こんにちは。エッセイを書いているキム・ホンビです。
初めて日本の読者のみなさんに、こんなふうに直接ご挨拶できるかと思うと、とてもおののき、緊張して「あせあせ」していますが(去年日本の友達から教わった表現なんですが、この使い方で合っていますか……? その時一緒に教わったのが「KP〔「ケーピー」、乾杯を意味するネット用語〕」という言葉で、ちょっと前に会社の仕事で日本の方とビールをご一緒した際、「KP!」を使ったところ、笑いまじりのダメ出しをされたため、今回もなんとなく不安ではありますが、一度使ってみます)、この本をお読みくださるみなさんに、まずは大きな感謝と、大きな喜びをお伝えしたいと思います。
4年半の間に4冊の本を書き、多くのイベントで読者の方とお目にかかりましたが、相変わらず「読者」という存在がいることが、信じられないくらい不思議に思える私にとって、「日本の読者」がどれほどファンタジーめいた存在であることか。
ごくたまに、インスタグラムでメッセージをくださるありがたい読者の方もいらっしゃいましたが、オンラインの外の世界で、肉体を持った日本の読者の方と会ったことがないから、余計そうなのかもしれません。
実は、日本に行く機会が一度、あることはありました。2021年の4月に、最初の本『女の答えはピッチにある──女子サッカーが私に教えてくれたこと』で、光栄にも日本の〈サッカー本大賞〉を受賞したのですが(バロンドールと芥川賞が合体したようなカッコよくてユニークな賞をいただけて、本当にうれしかったです)、コロナ禍なので授賞式はオンラインでの開催となり、自宅から参加せざるを得ず、残念でした。
その時の受賞の感想でもお話ししたのですが、私は10代の頃J-POPにすっかりハマったのをきっかけに、日本映画、日本文学に大きな影響を受けて育ち、(今でも、一番好きな休日スタイルは日本のミステリー小説のまとめ読みですし、世界で一番おいしいお菓子は Gâteau Rusk だと思っています)、なので外国で仕事をするチャンスが来た時は2回連続で日本を選び、1年余り暮らしたりもしました。
この本にも、日本に住んでいた時の話がちらっと登場していますが、いずれも、とても幸せな時間でした。
残業の後に日本の友達とどやどや押しかけて楽しく過ごしたレストラン「デニーズ」とあわせ、今に至るまでずっと覚えている場所は、新宿に行くたびに立ち寄っていた大型書店です。
読めなくても、ありとあらゆる日本語に囲まれた状態で、この本、あの本と眺めていると、5、6時間があっという間に過ぎていました。
たまたま日本の友達と一緒の時は、私は本を、友達はケツメイシやゆずといった、私に聴かせたいと思う日本の曲が入ったアルバムを、お互いにプレゼントしあったりしました(その時よく聴いた『いつか』は、いまだに最初から最後まで空で歌える唯一の日本の曲です)。
今でも、書店までの道や、入口や、よく訪れた売り場の平台や棚を思うとじーんとして、胸がときめきでいっぱいになります。
そして、そのどこかに、ひょっとしたらこの本も置かれるかもしれないと想像して、少し涙が出そうになります。ウキウキと20回くらい宙がえりできそうな気分です。
この本を日本の書店の一角に置けるようにしてくださった小山内園子さんと白水社に、深くお礼を申し上げます。
そして、この本を手に取ってページをめくってくださった読者のみなさんにももう一度、さっきお伝えしたよりもっと大きな感謝を捧げます。
文章を書くというのは結局のところ、記憶と時間と思考を、紙の上に凍りつけることなのだと思います。
この本に1つずつ凍りつけておいたやさしさが、読まれる方の心の中でうまく溶けだしますように。
【『多情所感 やさしさが置き去りにされた時代に』所収「日本の読者のみなさんへ」より】