台湾の「今」がわかるシンプルな方法 近藤伸二『現代台湾クロニクル 2014-2023』
記事:白水社
記事:白水社
世界で台湾の存在感が高まっている。政治的には、専制主義陣営に対抗する民主主義陣営の旗手としてもてはやされている。経済的にも、IT(情報技術)製品の生産基地としてグローバルなサプライチェーン(供給網)に欠かせない役割を演じている。
九州よりやや小さい島に約2300万人が暮らす台湾は、土地や人口の規模が大きいわけでもなく、資源が豊富なわけでもない。外交的にも、統一を迫る中国の圧力を受け、孤立状態に置かれている。決して恵まれているとは言えない環境にあるのに、なぜ台湾はスポットライトを浴びるようになったのか?
その答えを探るのに、シンプルながら有効な方法がある。そうした傾向が顕著になってきたのはここ10年ほどのことで、おおむね現在の与党・民主進歩党(民進党)の蔡英文政権の時代に重なる。その間に台湾で注目を集めたトピックを継続的に取り上げて背景を探れば、国際社会で台湾が台頭してきた原因がわかるのではないか。
ちょうど私は2014年2月から2022年9月まで、一般財団法人「台湾協会」(東京都文京区)の月刊機関紙『台湾協会報』で、「最近の台湾情勢」というタイトルの連載を担当した。2023年になっても、寄稿の機会をいただいた。
「台湾協会」は台湾からの引き揚げ者の支援組織を母体として1950年に設立された歴史ある団体で、日台間の相互理解促進のための活動や台湾関係者の追悼法要、台湾に関する重要図書・資料の収集と閲覧などを行っている。若い人たちにももっと関心を持ってもらいたいので、「台湾の今」がわかる内容の記事を、と執筆を依頼されたのだが、そこで扱ってきたのが、まさにその時々でもっともホットな台湾のニュースだった。
そうして積み上げた100本あまりの記事を取捨選択し、加筆・修正したのが本書である。台湾社会は目まぐるしく変化し、人びとの関心事も刻々と移り変わるだけに、テーマは政治、対中関係、経済、社会など多岐にわたる。1つひとつの記事は公開済みなのだが、ジャンルごとにまとめ、時系列に並べて読むと、新たな発見がある。
何より、4年に1度の総統選やその中間年に行われる統一地方選で、明確な民意が示されることがわかる。政治家や政党の業績は、きっちりと得票率に反映される。中央でも地方でも政府は目に見える成果を挙げなければ、投票によって退場させられる。政治家や政党の支持率もダイナミックに上下する。
政治と大衆の距離が近く、有権者が政治家を実績に基づいて厳しく評定している実態がうかがえ、民主主義の原点を見る思いがする。台湾の選挙は東アジアの平和と安定を左右する重要行事にもなっており、目が離せない。
中国との関係では、中国は台湾に対して、2017年ごろから統一攻勢を強めてきた状況が浮かび上がる。蔡総統が再選を果たした2020年以降は、軍事的威嚇も常態化してきた。それに応じて、蔡氏も現状維持の主張は変えていないものの、香港で政府に対する大規模抗議デモが続いた2019年から、「一国二制度」反対を強調するようになった。
そして、台湾海峡情勢は緊迫の度を増し、2022年にはペロシ米下院議長(当時)が台湾を訪れて蔡氏と会談したことへの報復として、中国が大規模な軍事演習を実施する事態に至るのである。台湾有事は今や、日本の安全保障にも重大な影響を与えている。
米国との関係では、2017年の共和党のトランプ政権発足が大きな転換点となったことが読み取れる。トランプ政権は台湾を優遇する法律を相次いで制定したり、台湾に閣僚を派遣したりするなど、それ以前の政権よりワンランク上の政策を繰り出して台湾に肩入れした。深刻な米中対立が背景にあり、民主党のバイデン政権になっても、その路線は踏襲されている。
日本との関係では、着実に交流が深まっている様子が伝わってくる。2011年の東日本大震災で台湾が200億円を超える義援金を日本に贈ったことはよく知られているが、それ以降も双方で災害が発生するたびに、エールを送り合っている。中国への配慮から、日本政府が台湾に対して行ってきた各種の冷遇策を、少しずつ正常に戻していく流れが鮮明になっている。
内政面でも、あらためて気づくことがある。新型コロナウイルス対策では、蔡政権は初動の厳格な措置で手際よく感染を封じ込め、支持率も急上昇した。だが、その後はワクチン入手で後れを取るなど対応のまずさが批判を浴び、統一地方選で民進党が大敗を喫し、最大野党の中国国民党(国民党)が大勝する原因にもなった。成功と失敗は紙一重なのである。
経済面では、最先端の技術力を誇る台湾積体電路製造(TSMC)を中心とした半導体産業の躍進ぶりが際立っている。コロナ禍による巣ごもり需要の拡大が引き起こした半導体不足もあって、台湾企業の動向が世界経済の命運を握るまでになった。
一方で、生産拠点を台湾に集中させるTSMCの経営戦略は、中国の武力侵攻が現実味を帯びて語られるようになるにつれ、地政学的な論争を巻き起こした。それに伴い、日米政府から請われて、TSMCが熊本県やアリゾナ州で工場建設に踏み切った経緯も描き出されている。
本書は、もとの記事を執筆したときの空気感や時代感を伝えるため、それぞれの出来事に対する評判や見通しなども、そのまま掲載している。なかには、評価が変わったり、予想どおりにはいかなかったりしたケースもあるのだが、その当時の見方を示すことで、台湾の激変ぶりが実感できるのではないかと考えたからだ。ただし、掲載した時点から時間が経過して結論が出たり、新たな展開があったりした場合は、(*1)(*2)と注番号を振り、各項目の末尾に付記した。また、書籍化にあたって読者の理解の一助となるよう、適宜図表・写真を加えた。
このようなねらいでまとめた本書は、九年にわたる台湾の奮闘ぶりを記録したクロニクル(年代記)であり、台湾が世界で台頭してきた要因を分析した解説書でもある。台湾に詳しい人には、直近の過去を振り返る「年表」「日記」として、これから台湾について調べたり、学んだりしようとしている人には、「案内書」「入門書」として読んでいただければ幸いである。本書が一人でも多くの人にとって台湾を理解する手助けとなれるなら、著者としてそれに勝る喜びはない。
【近藤伸二『現代台湾クロニクル 2014-2023』(白水社)所収「はじめに」より】