1. じんぶん堂TOP
  2. 歴史・社会
  3. いまある世界の始まり 「脱植民地化」とは何か デイン・ケネディさん(歴史学者)[後篇]

いまある世界の始まり 「脱植民地化」とは何か デイン・ケネディさん(歴史学者)[後篇]

記事:白水社

暴力の源を、グローバルな視点から問い直す! デイン・ケネディ著『脱植民地化 帝国・暴力・国民国家の世界史』(白水社刊)は、脱植民地化の4つの波を、250年におよぶ時間軸と世界各地の事例をもとに解説する。従来のイギリス帝国史を超える壮大なスケールで描いた記念碑的著作。
暴力の源を、グローバルな視点から問い直す! デイン・ケネディ著『脱植民地化 帝国・暴力・国民国家の世界史』(白水社刊)は、脱植民地化の4つの波を、250年におよぶ時間軸と世界各地の事例をもとに解説する。従来のイギリス帝国史を超える壮大なスケールで描いた記念碑的著作。

[前篇はこちら]

 

 もし脱植民地化という言葉が、あまりにも冷血で、イデオロギー的にコード化されすぎていて、第二次世界大戦後の諸植民地帝国の崩壊にともなう騒乱と苦しみの大きさを適切にあらわすことができないのであれば、私たちはほかにどんな言葉を使えるだろうか。戦争か、革命か、あるいはテロか。これらの言葉は、植民地支配体制に終止符を打った変動の歴史的な特異性を含意できないけれども、他方では、取り引きを連想させる脱植民地化の語ではほとんど伝えられない、その変動の特徴のいくつかの面を指し示している。さらにいえば、戦争や革命やテロがこれらの出来事の不可欠の要素だと認識することによって、私たちは戦後における諸帝国の解体という物語をより広い歴史的文脈のなかに置けるのである。とくに、そうした認識は、より早い時期に起きた数回の帝国の危機にも私たちの注意を向け、帝国の崩壊には一定のパターンがあることを明らかにしてくれる。これらのパターンは、現代世界の成り立ちを記述する際に、私たちが慣習的に用いる年代上およびテーマ上の区分のいくつかを横断するものである。

脱植民地化の進捗状況を示す「1945年の世界地図」[original photo: United Nations Department of Field Support, Cartographic Section]
脱植民地化の進捗状況を示す「1945年の世界地図」[original photo: United Nations Department of Field Support, Cartographic Section]

 私たちが脱植民地化と通常みなすのは、第二次世界大戦後の数十年間に第三世界として知られるようになるものの各地で、複数の植民地帝国が崩壊し、新たな国民国家群が創出されたことであった。しかし、この激変は前代未聞とは言いがたかった。それ以前にも、帝国間のグローバルな衝突が数回にわたって脱植民地化の波を引き起こしていた。最初の波は1776年から1820年代にかけて新世界で起き、第二波は1917年から1920年代までに旧世界で起きた。1989年以降のソヴィエト連邦の崩壊が、こんどは第四の波をなした。第三世界の脱植民地化と同様に、それ以外のこれらの波も、いくつかの帝国の細分化、ほかの帝国の拡大と再構成に帰結し、諸帝国の狭間で新しい諸国家、つまりかつての支配者である帝国と自らを区別するために国民国家として自己形成した諸国家が、勃興することにつながった。

Captured by enemy concept. Military silhouettes and crowd on war fog sky background. World War Soldiers and armored vehicles movement while scared people watching.[original photo: zef art – stock.adobe.com]
Captured by enemy concept. Military silhouettes and crowd on war fog sky background. World War Soldiers and armored vehicles movement while scared people watching.[original photo: zef art – stock.adobe.com]

 第三世界の脱植民地化を先行するふたつの波と後続するひとつの波という文脈にのせると、いくつかの重要なテーマが視野に入ってくる。第一に、帝国間のグローバルな戦争がこれらの出来事に果たした重大な役割である。戦争は経済的・政治的な危機を生み出し、植民地従属下の諸人民が独立を追い求める動機と機会を提供した。第二のテーマは、植民地支配に反対する者たちがとることのできた選択肢に関わる。国民国家がもっとも一般的に追求される代替案になったが、それが唯一の道というわけではなかった。国民国家を支持する者たちでさえも、その構成について相反するビジョンを提示しあうことがしばしばだった。このことが、こんどは私たちの第三のテーマを導く。すなわち、帝国から新しい国家をつくり上げる闘争のかなり多くにともなう、広範な暴力と頻繁な人口移転である。最後に、このような広い歴史的視角をとることによって私たちは、脱植民地化の過程が必ずしも帝国主義の拒絶や否定を意味せず、またそれによって諸帝国が完全に舞台から姿を消すのでもないことを確かめられる。たいていの場合、諸帝国は単に新しい形式へと自らを再構成するだけである

デイン・ケネディ『脱植民地化』(オックスフォード大学出版局「ベリー・ショート・イントロダクション」叢書)の原書
デイン・ケネディ『脱植民地化』(オックスフォード大学出版局「ベリー・ショート・イントロダクション」叢書)の原書

 この入門書は、新旧両世界の諸植民地帝国に終焉をもたらした時代的にも地理的にもはるかに広い文脈のなかで組み立てられる一方で、第二次世界大戦後の数十年間における第三世界の脱植民地化に焦点を当てる。この変動は、1940年代半ばから1970年代後半にかけて、いくつかの段階を経て起きた。第一段階は第二次世界大戦の直後に発生した。これは、南アジアにおけるイギリスの領地──インド、パキスタン、セイロン/スリランカ、ビルマ/ミャンマー──、ならびにアメリカ領フィリピン、そして中東でイギリスとフランスが支配する領域、とくにパレスティナ/イスラエル、ヨルダン、レバノン、シリアの独立に帰結した。ずっと広範囲に及ぶ第二段階は1950年代前半に始まり、1960年代後半に終わる。この時点までにアジアの(香港を除く)残り全域、北アフリカの全部、サブサハラ・アフリカのほとんど(そこでは30を超える数の新たなネーションが生まれた)、カリブ地域の大部分においてヨーロッパの植民地支配は崩壊した。1970年代には、脱植民地化の第三段階がアフリカと東ティモールのポルトガル帝国を終わらせ、ローデシアの反逆的な白人支配体制〔白人入植者の現地政府がイギリスに対して一方的独立宣言を発して成立〕を崩壊させ、太平洋島嶼部とカリブ地域のさまざまなネーションのほか各地に散らばるいくつかの領域に独立をもたらした。1970年代の終わり、西洋の諸植民地帝国を一掃した大洪水のあとに残されたのは、さながら嵐による漂流物のようなバラバラのわずかな属領だけであった。 

Who Will Liberate the Third World? 1954-1975(Airborne and Special Operations Museum)[original photo: Gary Todd]
Who Will Liberate the Third World? 1954-1975(Airborne and Special Operations Museum)[original photo: Gary Todd]

 脱植民地化の最後の大波が、1990年代初頭にソヴィエト連邦の消滅とともに起きたことは疑いない。しかし、私たちが住む世界は、国際連合を現在構成する加盟国のかなり多くを生み出した〔脱植民地化の第三波の〕闘争に、深遠な影響を受け続けているのである。この小著の目的のひとつは、こうした過去が依然として私たちの身近にあると気づかせることにある。本書は私たちの注意を帝国の危機と存続の双方に向け、国民国家の有望さとその限界を照らし出す。また、植民地の従属からネーションの独立への移行が招くコストについて、正しく認識すべきだと主張する。そうしたコストはなによりも、命を失った数百万の人びと、そしてさらに数百万の故郷を追われた人びとに関するものである。だから、この本は脱植民地化を賞賛するものではない。反対に、きわめて重大なこの一連の出来事について、その問題含みの面、悲劇的ですらある面に注意する。脱植民地化が実現させたこと、そして実現させなかったことの多くは、私たちが今日直面するグローバルな課題と関係している。

 

【デイン・ケネディ『脱植民地化 帝国・暴力・国民国家の世界史』所収「序論」より】

 

デイン・ケネディ『脱植民地化 帝国・暴力・国民国家の世界史』(白水社)目次
デイン・ケネディ『脱植民地化 帝国・暴力・国民国家の世界史』(白水社)目次

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ