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独裁と民主制をめぐる初めてのアジア通史 脱植民地化期に注目

記事:白水社

権威主義体制から民主主義体制まで、初めてのアジア通史! 粕谷祐子編著『アジアの脱植民地化と体制変動──民主制と独裁の歴史的起源』(白水社刊)は、17カ国の脱植民地化・脱占領の過程について解明する。アジアの多様性に挑む、比較政治学の記念碑的著作。
権威主義体制から民主主義体制まで、初めてのアジア通史! 粕谷祐子編著『アジアの脱植民地化と体制変動──民主制と独裁の歴史的起源』(白水社刊)は、17カ国の脱植民地化・脱占領の過程について解明する。アジアの多様性に挑む、比較政治学の記念碑的著作。

なぜいま、アジアの脱植民地化期に注目するのか

 

 本書[『アジアの脱植民地化と体制変動──民主制と独裁の歴史的起源』]は、東・東南・南アジアに位置する17カ国において脱植民地化後に形成された政治体制が、なぜ一部では民主制になり、他の国ではさまざまなタイプの独裁になったのかを理解する試みである。本書では、脱植民地化過程の制度と運動──自治制度、王室制度、独立運動──のあり方の違いが異なるタイプの政治体制の成立につながった、という主張を展開する。

粕谷祐子編著『アジアの脱植民地化と体制変動──民主制と独裁の歴史的起源』目次
粕谷祐子編著『アジアの脱植民地化と体制変動──民主制と独裁の歴史的起源』目次

 半世紀以上も前のアジア政治を分析することに、今日的な有用性があるのだろうか。本書の立場はもちろんイエスである。その論拠は、次のような点に求められる。

 第一に、半世紀前のアジア政治を検討することは、現在の国際秩序の理解に役立つ。冷戦構造の崩壊後、世界の対立軸は資本主義対社会主義というイデオロギー対立から、民主主義対独裁という政治体制の対立に変化したといわれている。このうちアジアにおける独裁の多くは、中国、北朝鮮、ベトナムなど、独立時点からその体制が継続しているものがほとんどである。最近の評論や研究では、これらの国が独裁であることは所与のものとされることがほとんどだが、そもそも、なぜこれらが独裁国となったのだろうか。また、同じ独裁ながら、政党支配の制度化が進んだ中国およびベトナムと、金一族の世襲支配と政党支配が混在する北朝鮮との違いは、どのような点に由来するのだろうか。さらに、朝鮮半島において独裁と民主制が隣接するのはなぜだろうか。本書では、こうした問いを体系的に理解する枠組みと歴史分析を提供している。これらを知ることは、現在の国際秩序を深く理解するにあたり有用だろう。

 第二の現代的意義は、現在まで繰り返し起こっている民主制の不安定化に対する理解を促す点である。アジア諸国での民主主義の不安定化は、主に3つのパターンで起こっている。1つ目が、政権担当者による民主主義への攻撃に起因するもの、2つ目が、軍のクーデタによる政権転覆、3つ目が、民族対立によるものである。それぞれのパターンをみていこう。

『アジアの脱植民地化と体制変動──民主制と独裁の歴史的起源』P. 24─25より
『アジアの脱植民地化と体制変動──民主制と独裁の歴史的起源』P. 24─25より

 1つ目のパターンに属するのが、フィリピンやインドである。フィリピンでは、選挙で選ばれた大統領が民主主義を不安定化させる状況が繰り返されてきた。1972年にはフェルディナンド・マルコス大統領が戒厳令を敷き、最近では、2016年に当選したロドリゴ・ドゥテルテ大統領のもとでメディアや司法府の独立性が攻撃されている。インドでは、インディラ・ガーンディー首相が1975年に非常事態宣言を出して野党を弾圧した。また2014年より就任したナレーンドラ・モーディー首相は、言論や結社の自由を抑圧して民主主義を攻撃している。

 2つ目のパターンの典型例がタイである。第2次世界大戦後、選挙で選ばれた政府を軍がクーデタにより転覆することが何度も繰り返し発生している。また、ミャンマーでは、2021年に軍がクーデタを起こして前年にあった選挙の結果を無効と宣言したが、同様のことは1960年代にも、そして1990年にもあった。

 3つ目のパターンに属するのが、マレーシアとスリランカである。独立後のマレーシアで最初に起こった民主主義の危機が、1969年のマレー系と中華系との間での民族衝突事件である。この事件後、マレーシアはマレー系多数派が中心の独裁へと移行し、現在に至るまで民族間の対立が政治の基本的争点となっている。スリランカでは、多数派シンハラ人と少数派タミル人との間での対立がエスカレートして、1983年から2009年まで内戦状態が続いた。内戦終結後も、シンハラ多数派と少数民族との間での暴力をともなう紛争は断続的に続いている。

『アジアの脱植民地化と体制変動──民主制と独裁の歴史的起源』P. 28─29より
『アジアの脱植民地化と体制変動──民主制と独裁の歴史的起源』P. 28─29より

 民主主義の不安定化において異なるパターンが生じている遠因には、脱植民地化時点での勢力配置図と、そのもとでの政治制度設計がある。1つ目のパターンに属する国では、選挙で選ばれた政治家が先導して脱植民地化を担い、それ以外の勢力(たとえば軍)が民主主義を壊す主体とはなりにくい構図が独立以来強化されてきた。2つ目の、軍によるクーデタが起こるパターンを持つ国の場合では、脱植民地化期における政治家の影響力が小さい一方で、軍(タイ)や武装勢力(ミャンマー)が政治の中心に位置し、その影響力はその後も時間をかけて補強されてきた。3つ目の、民族対立が民主主義を脅かす構図がマレーシアやスリランカでできあがった背景には、独立の際の制度設計が影響している。マレーシアの場合には多数派マレー系優遇措置が、スリランカの場合には少数派民族に対する議会での民族代表枠が関連している。

 これらがどう影響しているのかについての詳細は本書の各国分析の章を参照していただきたいが、要するに、脱植民地化の際に見られた勢力配置図は、多くのアジア諸国における最近に至るまでの政治対立に影響を与えているのである。これらを知っておくことは、最近のアジアに関するニュースを理解するうえで役立つだろう。

【粕谷祐子編著『アジアの脱植民地化と体制変動──民主制と独裁の歴史的起源』「はじめに」より】

 

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