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【書評】選挙プランナーが説く選挙の本質とは?――野澤高一著『選挙学入門』(評者:佐々木信夫)

記事:平凡社

選挙プランナーが明かす「逆算の思考」とは?
選挙プランナーが明かす「逆算の思考」とは?

選挙に関わるすべての方へ

 本書は、ベテランの選挙プランナーが20年余の実践を踏まえて書いた、選挙についての入門書です。

 これから選挙に出ようとしている方にはもちろんのこと、選挙を手伝ってみたいという選挙スタッフを目指す方や、すでに選挙スタッフになっている方、そして一番数が多いであろう、一般市民として選挙に投票に行く有権者の皆さんにぜひ読んでほしい、選挙のための本です。

 選挙に出たい方には、演説の仕方まで含めた一連の流れとコメントが挿画に示されており、パラパラ漫画のようにわかりやすく解説されているのも必見です。

野澤髙一著『選挙学入門――選挙プランナーが明かす逆算の思考』(平凡社)
野澤髙一著『選挙学入門――選挙プランナーが明かす逆算の思考』(平凡社)

選挙とは何か?

 そもそも、「選挙」とは何なのでしょうか? 

 現在の日本では、個人や企業では解決することのできない公共分野について、みんなで議会を設置し、そこでみんなに代わって予算や法律(条例)など重要な政策を決めています。   

 その仕組みを議会制民主主義と呼んでいますが、その代表として決定に携わる人、「代表」を選ぶ行為を「選挙」と呼んでいます。

 選挙について書いている本を探してみると、ふたつのタイプの本に大別されます。1つは選挙制度について、各国との比較などをしながら詳しく書いてあるもの。もう1つは、国会議員や知事、大臣、市長などの選挙候補経験者が書いた体験をもとにした本です。

 しかし、実際どのようにして選挙が行われ、立候補した人はどのようなことをして当選しているのか? 選挙対策本部のスタッフはどのような仕事をしているのか? そこで守らなければならない公職選挙法などのルールはどうなっているのか? よく聞く「票読み」とはどのようにして票を読んでいるのか? そうした選挙の内実に迫るところは、一般市民からしても気になるところですが、それらを書いた本はほとんどないのです。

選挙過程を知ろう

 今回紹介する野澤高一さんの著書『選挙学入門』は、選挙過程を場面分けしつつ、実例と理論を組み合わせながら丁寧に書いた、今までに類を見ない珍しい本です。選挙において勝利を掴むための秘策として野澤氏が使っているのが「逆算の思考」だといいます。

 この逆算の仕方を「野澤流逆算の選挙術」として、公式を用いて明らかにしています。その有効性については、選挙プランナーである氏の指導で選挙をした人は、ほぼ当選しているという実績が裏付けになっています。

 選挙というものは、ブラックボックスのように感じている有権者のみなさんは多いのではないでしょうか。選挙が日本でこんなに行われていたのかと、本書を読んで改めて考えさせられる読者も多いのではないかと思います。

 それほど数多く行われている選挙というものは、こんなに身近にありながら、しかし一般市民には、投票所の風景や街頭演説の1コマ、街角に候補者のポスターが張ってある程度のことしか知られていないのではないでしょうか。

 そこを踏み込んで選挙を学ぶ――まさに「選挙学」として、選挙への扉を開けた本こそが、本書『選挙学入門』なのです。

投票という行為の意味

 議員や各自治体長が、国や自治体の意思を公式に決定できる権限をもつのは、選挙を通じて民意の審判を受け、代表者であると見做されるからです。この擬制を現実に可能にしているのは投票箱です。

 全国ないし地域社会の諸問題に関し、知識や判断力では不揃いな有権者が投ずる1票が、あの何の変哲もない箱を通過すると、神聖な1票に変わるのです。投票箱はいわば「民の声」を「天の声」に変えるマジック・ボックスと言えましょう。

 この「投票行動」がより民意を幅広く拾い、適切な結果を生み出すようにサポートする仕組みこそが、選挙に関わる様々な規定(ルール)となるのです。野澤さんの本はそこも丁寧に書いてくれています。

選挙とは、政治の主役である国民が、投票を通じて、主権者としてその意思を政治に反映させることのできる、もっとも重要かつ基本的な機会である。

選挙戦についての記述も見てみましょう。

どの選挙事務所にも、大抵「投票日まで、あと○日」と書いた日めくりカレンダーが貼られる。
私はそこに、「と20時間」を書きたし、選挙対策チーム、選挙スタッフの意識を変える。

と、これぞ実戦での経験をもとにした自説を披露してくれています。まさに投票箱が閉まるその瞬間までが、選挙だという訳です。

選挙過程の実践と理論

 この本は「選挙過程の実践と理論」と名付けてもよい本で、4つの「すすめ」を章だてにしています。

第1章 選挙のすすめ(投票、政治)
第2章 選挙運動のすすめ
第3章 マーケティングのすすめ
第4章 後援会のすすめ。

 加えて、「ネット選挙のすすめ」についても時流だとして、詳しく解説しています。

いま以上に、棄権する人を増やないためには、これからどうしたらいいのか。
インターネットの活用は、その答えの一つになり得るだろう。

 ネット選挙を含む、演説のネット配信やSNSでの拡散などといったインターネットの活用は、全体の投票率を上げたいという、野澤さんの目指すべき選挙のあり方への近道になっていくのかもしれません。

ビジネスにも使えるマーケティング発想と「逆算の思考」

 野澤さんはマーケティング会社の役員も務めていた方で、そのマーケティング発想は選挙にも生かせると言います。

 野澤さんの選挙術については、「世論調査の結果分析から選挙プランを作成する」ことにその特徴があります。

選挙プランづくりは現状把握が肝心である。
私は選挙プランづくりに取り掛かる前に、まず選挙区のデータ収集作業からはじめる。
有権者はどんな暮らしぶりなのか、ライバル候補はどんな特徴があるのか。選挙対策チームはどんな特徴をもっている人がいるのか。
そして政治課題を分析し、対立軸をつくる。

 まさしくマーケティング発想を用いた選挙戦術です。ここからさらに野澤さんは、

逆算の思考で選挙を考える場合、投票所から考えはじめることになる。

と言います。野澤さんの選挙術では、支持率を上げることを重視しています。

投票所に来てもらい、投票してもらわなければ支持率はつくれない。
選挙戦で、支持率がつくれる場所は投票所のみである。
投票してもらう、ではなく、投票所に来てもらうためには、という逆算の思考の考え方が重要だ。
投票所に来てもらうためにはどうしたらよいのか、そして投票用紙に自分の名前を書いてもらえる支持者になってもらうにはどうしたらよいのか。

 この答え合わせにもなっている詳しい公式や戦術については、ぜひ本書をお読みいただければと思います。支持率や得票数について、具体的な数字を挙げながら解説されており、大変有益な情報が記されています。

 またこれらの発想や戦術は、ビジネスの世界においても有効であろうと思われます。本書は選挙関係者のみならず、ビジネスマンにとっても有益な情報が溢れているのです。

地方自治体と選挙

 ところで、選挙で選ばれる人はどれほどいるのか、知っていますか?

 地方議員で32,448人、国会議員で713人。つまり議員33,161人と自治体の首長47知事と1,718市町村長と23特別区長を合わせ、34,949人という、一握りの政治エリートたちという訳です。ひとつ大事な点を加えますと、選挙で選ばれる国の代表は全体の約2%しかなく、地方の代表は98%もいると言う点です。

 じつは国民に対する公共サービスの7割以上が、地方自治体から提供されています。それぞれ細かく分かれた地域で、自治体の首長と議会の代表者によって、わが国全体の180兆円財政のうち、120兆円近くのお金が、地方で使われているという事実をご存じでしょうか。野澤さんの本の中にも、下記のような一文がありました。

税金を配る権利を誰にまかせるか、有権者が決めるのが選挙だ。

 地方選挙がいかに大事か、こうしたところからもお判りいただけるかと思います。

東京一極集中の問題点

 地方選挙がこれほど重要な意味を持っているにも関わらず、残念ながらその割には地方選挙戦を含む日本における投票率は、どの選挙においても5割以下となり、地方選挙では無投票による当選者も3割を占め、町村ではそもそも候補者になる人も不足しており、無投票選挙どころか候補者不足も深刻になっています。

 なぜこうなのか。私は東京と地方を分断するような、「東京一極集中」の国づくりをしてしまった結果が、こうした地方の衰退を招いていると思います。これを解消するには、全国の地方自治体が活性化していくしかないのですが、それには、今ある資源を有効活用することが必要です。

佐々木信夫著『いまこそ脱東京!――高速交通網フリーパス化と州構想』(平凡社新書)
佐々木信夫著『いまこそ脱東京!――高速交通網フリーパス化と州構想』(平凡社新書)

 例えば、全国に張り巡らされた新幹線、高速道路、ジェット航空機を無料にして、全国フリーパス社会をつくるという切り札を使ってみてはどうでしょうか。東京一極集中の問題について私は、『いまこそ脱東京!――高速交通網フリーパス化と州構想』(平凡社新書)を著し、警鐘を鳴らし続けています。

 日本は、地方を盛り立てる国づくりに切り換えない限り、少子化の解決も経済成長も図れないでしょう。このまま衰亡の道を歩むことになる前に、いまこそ脱東京! 東京一極集中から脱却する政治が強く求められています。

明日は今日つくられる

 野澤さんの『選挙学入門』を手掛かりに、若者たちも政治参加が増え、地方再生、地方隆盛によって再び日本がよみがえる、そうした期待を込めて本書を紹介してきました。

 野澤さんがよく使う言葉に、「明日は今日つくられる」というものがあります。そこから一歩進んで、「あなたの1票で明日はつくられる」と本書の帯にも書いてありました。

 選挙プランナーとは、「候補者の思いや訴えを多くの有権者に届ける」のが仕事だといいます。

選挙プランナーが候補者を勝たせるわけではない。有権者が勝たせたい候補者の名前を書くことで勝たせるのだ。
選挙プランナーは候補者に依頼されて選挙戦に参加するが、じつは選挙プランナーは明日を良くしたいと思う有権者の味方なのである。

 有権者のみなさん、自分の望む、素晴らしい明日をつくるために、選挙に投票にいきましょう。投票なんてしても何も変わらないと嘆く前に、行動してみてはどうでしょうか。選挙スタッフとして選挙に携わるのもよし、思い切って選挙に出てみるのも良いでしょう。最後に野澤さんの言葉を引いて終わります。

あなたの1票で明日はつくられる。
あなたの行動で明日はつくられる。

今日は、明日を変えるためにある。
明日は、かならず明るい。

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