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参議院を問う 複雑怪奇な制度の見直し急務 京都大学教授・待鳥聡史

国会議事堂。参院は衆院のカーボンコピーなのかと言われてきた=2017年、本社ヘリから

 3年に1度の参議院選挙が近づいてきた。憲法改正に賛成の勢力が発議に必要な3分の2の議席を確保できるかが焦点、という解説も目立つ。だが、そのことと自分の投票先決定をどう結びつけたらよいのか、分かりづらい人も多いのではないか。

 東京や大阪などの都市部では、憲法改正に賛成の候補者も反対の候補者も複数いて、それだけでは選挙区で誰に投票したらよいかの基準にはならない。比例代表の投票先政党を決める場合にも、同じ問題に直面する。

 問題の根は、参議院が採用する複雑な選挙制度にある。都道府県ごとに異なる定数の選挙区と、全国集計による比例区の組み合わせは、誰をどのように代表させたいのかが明瞭でない。

 選挙区の場合、定数が大きいほど少数意見も代表されやすくなり、無所属での当選も容易だが、定数が小さいと有力政党が擁立した上位候補だけの競争になる。比例区では政党に所属する候補しかいないが、候補者を出す政党の数は非常に多い。有権者は、自らの選挙区の定数により、また選挙区と比例区によっても、異なった選択基準での投票を求められる。

 砂原庸介『民主主義の条件』は、このような参議院の選挙制度の複雑怪奇ぶりを含め、選挙制度とその影響について、政治学の標準的な理論に依拠しながら簡明に説明してくれる。

あいまいな存在

 そもそも参議院は何のために設置されているのだろうか。それが見えにくいことも有権者を困惑させる。確かに「良識の府」とか「再考の府」といった抽象的な理想は語られるが、具体的な制度との結びつきは明らかではない。

 参議院の位置づけは、衆議院や内閣との関係から考える必要がある。参議院は衆議院とほぼ対等な権限を持ち、予算以外の法案の成否を左右できるほか、問責決議を使って内閣の存続にも影響力を行使できるなど、非常に強力な存在である。そのことは、両院にまたがって活動する政党にも影響を及ぼす。

 1990年代の選挙制度改革によって、衆議院では二大政党制と政党内部での意思決定における幹部主導が目指された。しかし、参議院の選挙制度はほぼ手つかずに終わり、80年代までの多党制と政党内部での積み上げ的な意思決定が存続することになった。参議院が強力であるために、この食い違いの効果が日本政治全体に表れている。

 つまり、参議院の存在ゆえに、選挙制度改革の狙いとは異なり、二大政党間の競争関係は弱まり、連立政権が恒常化する。政党内部の幹部主導も貫徹しておらず、参議院議員の発言力はなお無視できない。建林正彦『政党政治の制度分析』は、近年の政治学の理論的関心と成果をふまえて、この点を解明した専門書だ。

何を目指すのか

 参議院は一体何を目指すべきなのだろうか。英仏の議会制度や改革論議も参照しつつ、具体的な改革案を考えようとするのが、大山礼子『日本の国会』である。参議院が独自性を発揮することを望ましいとしながら、それは現在の権限の強さによってではなく、調査機能の活用などを通じて追求すべきだと論じる。これまでの参議院の歩みを包括的に分析した、竹中治堅『参議院とは何か』(中央公論新社、品切れ)とあわせて読むことで、より理解が深まる。

 2007年から13年まで続いた「ねじれ国会」の時期には、参議院や二院制に関する議論が盛んだったが、最近は研究者以外の関心は乏しい。しかし、それは「ねじれ」によって表面化していた制度的課題が解決されたことを意味しない。今回の選挙が、参議院の選挙制度や役割についての議論が深まる機会になることを願う。=朝日新聞2019年7月13日掲載