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みんな恋愛するのが“ふつう”ではない――『いちばんやさしいアロマンティックやアセクシュアルのこと』

記事:明石書店

『いちばんやさしいアロマンティックやアセクシュアルのこと』(三宅大二郎・今徳はる香・神林麻衣・中村健 著、明石書店)
『いちばんやさしいアロマンティックやアセクシュアルのこと』(三宅大二郎・今徳はる香・神林麻衣・中村健 著、明石書店)

 「相手が異性を好きになる人とは限りません。彼氏いるの?彼女いるの?といった聞き方ではなく、パートナー/付き合っている人はいるの?といったジェンダーニュートラルな言葉を使いましょう」。

 確かに性の多様性の視点に立つと、同性を好きになる人もいるので、望ましい言い換えと言えるでしょう。しかし、ここにはもう一つ見落としているポイントがあります。それは「誰もが誰かに恋愛的・性的に惹かれるものだ」という思い込みです。

Aro/Aceをいちばんやさしく説明

 本書は、他者に恋愛的な感情を抱かない「アロマンティック(Aromantic)や」、他者に性的な感情を抱かない「アセクシュアル(Asexual)」、それらに関連する多様なセクシュアリティの総称である「Aro/Ace」について、“いちばんやさしく”説明している本です。第1部ではQ&A形式でアロマンティックやアセクシュアルに関する基本的な知識を、第2部では当事者の座談会や関連する調査を通して、Aro/Aceのリアリティを知ることができる構成になっています。

 イラストもたくさん使われていて読みやすく、目次や該当ページの頭に、性的な話題は「注意」マーク、差別や偏見を扱っている場合は「オバケ」マークによってトリガーウォーニング(事前警告)が示されているので、性的な話題自体が苦手だという人や、差別や偏見の言説自体に触れることで辛くなる人も読むことができるでしょう。

 「自分は何かおかしいのかなと悩む」「周囲にどう伝えたらいいか」「将来が不安だ」と悩むAro/Aceの当事者や、そうかもしれないと思う人に対して実践的なアドバイスが書かれており、世の中の恋愛や性愛に関する「ふつう」に違和感を持つ人は、まず手にとってみてほしいと思う一冊です。

「好き」を分解する

 「私はAro/Aceに当てはまらない」と思っている人にとっては、いかにこれまで恋愛や性愛のあり方をざっくりと認識していたかを考えさせられるのではないかと思います。

 例えば、「アロマンティック」「アセクシュアル」という言葉が示すように、そもそも恋愛と性的な感情は必ずしもセットではなく、分けて考えられること。「当事者を好きになったのですが、どうすればいいですか?」という問いに対して、本書では「好き」という感情を分解してみることが提案されています。「価値観すり合わせシート」という例も示され、連絡や会う頻度、スキンシップのあり方などを言語化することが提案されていますが、これはお互いに恋愛的/性的な感情を持つ人どうしでも当然視せず、参考にすべき点だと思います。これは性的同意の問題にも繋がっていくでしょう。

「価値観すり合わせシート」の記入例(『いちばんやさしいアロマンティックやアセクシュアルのこと』p.87)
「価値観すり合わせシート」の記入例(『いちばんやさしいアロマンティックやアセクシュアルのこと』p.87)

 そもそも恋愛感情とは何か?と聞かれて、説明することができるでしょうか。相手にドキドキしたり、特別になりたいと思ったり、「恋愛」や「好き」という言葉も分解すると、一人ひとり感情や相手に期待することは異なる場合があります。

 Aro/Aceに関しても、他者に恋愛感情は抱くけれど、性的な感情は抱かない「ロマンティック・アセクシュアル(またはノンセクシュアル)」や、他の人と信頼関係がある場合のみ、恋愛/性愛感情を抱く場合がある「デミロマンティック/デミセクシュアル」など、恋愛や性的な「惹かれ」の有無や度合いは、スペクトラムであり濃淡があります。本書を読む前は、「私はAro/Aceに当てはまらない」と思っていた人であっても、地続きであることが実感できるのではないかと思います。

恋愛や性愛の「ふつう」を紐解く

 恋愛や性愛に関するざっくりした認識は、残念ながら本人の意図にかかわらず差別や偏見となり、発した言葉が誰かを傷つけてしまったり抑圧してしまったりすることがあります。

 「あなたは人間に興味ないもんね」と、冷たい人や何か欠落した人間かのように扱われてしまったという人が当事者には少なくありません。「下ネタがダメとか、ノリ悪くない?」「モテない/結婚できない言い訳だよね」と性のあり方を否定され傷ついたという人もいます。

 悪意のある言葉だけでなく、例えば「まだ運命の人に出会ってないだけだよ」「恋愛で人間的に成長できるよ」「やってみたら変わるかもよ?といった、良かれと思っての発言にも注意が必要です。

当事者に言わない方がいいことのさまざまなパターン(『いちばんやさしいアロマンティックやアセクシュアルのこと』pp.89-90より抜粋)
当事者に言わない方がいいことのさまざまなパターン(『いちばんやさしいアロマンティックやアセクシュアルのこと』pp.89-90より抜粋)

 当然ですが、問題があるのは当事者ではなく、多数派の人々の「ふつう」という認識です。ときに誰かを抑圧してしまう「ふつう」という思い込み、その背景には何があるのか。本書では、それらを紐解くキーワードも紹介されています。

 例えば、男女が恋愛し、結婚し、性的な関係を結ぶことが正しいことだとする「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」や、恋愛的/性的に愛し合う関係や結婚に特別な価値があるという見方や、それに基づくロマンティック・ラブが人にとっての普遍的な目標であるという「恋愛伴侶規範(amatonormativity)」、正常な人間は他者に対して性的に惹かれるものだという「強制的性愛(compulsory sexuality)」など、社会的に構築されてきた文化や制度などのシステムを問い直すヒントがあります。

 Aro/Aceについて知ることは、これまでの自分自身の恋愛や性愛への捉え方を逆照射し、浮き彫りにするでしょう。社会や自分自身のなかに染み込んでいる「こうあるべき」という認識を捉え直すことは、自分自身について、そして人との関わり方の解像度をあげることに繋がると思います。

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