「アセクシュアル」とは、他者に性的にひかれない性的指向を指す。当事者である著者の経験と、約100人へのインタビューに基づくルポエッセー『ACE アセクシュアルから見たセックスと社会のこと』(アンジェラ・チェン著、羽生有希訳)が、話題を広げている。
「エース」とは英語圏で使われる当事者の自称だ。著者は米国在住のジャーナリスト。恋愛パートナーとセックスを楽しむこともあるエースと自らを語り、「恋愛感情を抱かず、性を嫌悪する」というステレオタイプに必ずしも一致しない、多様で複雑なエースのあり方を示す。
担当編集者の梅原志歩さんによると、2019年刊の『見えない性的指向 アセクシュアルのすべて』(明石書店)をのぞいて、アセクシュアルに関する包括的な日本語の書籍はほとんどない。「当事者やアライ(支援者)以外にも届く本を」と今回、邦訳を企画したという。
本書は、性愛を当然視する社会の問題から、イエス・ノーの二択では語れない性的同意やセックスレスにも思索を広げる。アセクシュアルをめぐる議論が広がることで当事者が被る抑圧が減るのはもちろん、「そうでない人も、この議論を応用することで生きやすくなれるのでは」と梅原さんは話す。(田中ゑれ奈)=朝日新聞2023年8月19日掲載