100年ぶり3度目のパリ・オリンピック 雑誌『ふらんす』特集号より
記事:白水社
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ギリシアのオランピアで採火された聖火は、第1回オリンピック開催年の1896年に建造された歴史的帆船べレム号で地中海を渡り、2024年5月8日にマルセイユに到着した。旧港周辺を埋め尽くした15万人もの観衆に迎えられ、その熱気はライブ中継からも伝わってくるほどだった。一方、首都パリはといえば、開催まで100日を切ってもオリンピックムードは停滞気味だったが、聖火の上陸から一気に準備は加速し、パリの街は少しずつオリンピック仕様に変わっていく。開催まで1か月を切ると、サッカーのEURO2024や選挙に関心を奪われながらも、美術館では積極的にオリンピック関連の展示を開催、観光客の集まるシャンゼリゼ通りや、マルシェ、メトロでも、オリンピックの開催が迫っていることが肌で感じられる。パリには来られないという人も、テレビなどを通じて、いつもと違うパリ、新しいパリをきっと発見できることだろう。
聖火を運ぶトーチは「平等 égalité、水 eau、平和 apaisement」をモチーフにデザインされた。「水」は、今回のオリンピックにおけるセーヌ川の重要性も表している。セーヌ川での開会式、トライアスロンとマラソンスイミング競技の実施は、パリ大会の目玉であるが、その先には 1988年にシラク大統領が打ち出したセーヌ川遊泳構想の実現が見据えられている。これをレガシーとすべく、パリ市長は「遊泳宣言」を行ったが、遊泳予定日の水質は安全基準値に達することはなく、延期、そして選挙でまた延期と、このまま大会開催を迎えてしまいそうである。セーヌ川に先立ち、2020年からパリ北東部のラヴィレット公園を流れるウルク運河に、夏休み中だけ、運河の水を利用した遊水場が出現する。ウルク運河は一般遊泳はできないものの、水質安全基準をクリアしていることから、マラソンスイミングの大会がすでに何度か開催されており、6月15~16日にもOpen Swim Starsが行われたばかりである。
パリでのオリンピック開催は、1900年、1924 年、それから100 年後となる今回が3度目である。聖火リレーは「ナチスのための大会」と呼ばれた 1936 年から始まったので、フランス全土を駆けまわるのは今回が初となる。パリ大会成功のカギとなるセーヌ川については、1900年にはウォーターポロ、水泳、そして「釣り」競技が行われていた。正確に言えば、水泳はコンコルド橋近くに浮かんだプール(Piscine flottante Deligny)で実施されたのだが、このプールは1993年に貨客船の衝突事故により破壊され、セーヌ川に沈んでしまった。かつてはこうしたセーヌ川に浮かぶプールもいくつかあったのだが、現在では2006年に13区にできたPiscine Josephine Bakerだけである。市民プールとして大人にも子どもにも人気があり、行列が絶えない。13区から5区にかけては、川岸に船上レストランが並び、夏場は特に活気がある。Piscine Josephine Bakerのすぐ隣にあるレストランQuai de la photoでは、今では観光地になっているセーヌ川が、かつては市民の生活の一部であったことがうかがえるセーヌ川の写真展が行われている(9月8日まで)。
その対岸にあるショッピング街のベルシーヴィラージュは、19世紀から続いたワイン倉庫の跡地に作られた。ワインは、セーヌ川から搬送され、当時はセーヌ川沿いにも大きな酒樽が所狭しと並んでいた。やがて輸送手段は船から鉄道、車へと変わったが、セーヌ川の役割も時代とともに変化していった。
現在は自転車、自動車の専用道路や遊歩道になっている川岸では、髭剃り、犬のトリミング、馬の水やり、物売りなどを生業とする人々であふれていた。また、プールではないが、チュイルリー橋、マリー橋、ポン・ヌフ橋などの近くには公衆浴場も浮かんでいた。公衆浴場は1919年のセーヌ川の氾濫の際に、水没するなどの大きな被害に見舞われ姿を消したが、観光地として有名なシテ島の鳥市や花市、開会式のために移動を迫られたブキニストなど、かつてセーヌ川で人々の生活が営まれていたことを今に伝えている。
セーヌ川での沐浴は17 世紀頃から行われていて、大人だけでなく子どもたちにも親しまれていた。フランス国立図書館(BNF)のウェブページにはパリの人々がセーヌ川でくつろいでいる写真を見ることができるが、白黒では水の色ははっきりしない。汚染が問題になりはじめたのは、19世紀末のオスマンによるパリ大改造以降だろう。かつてはナショナル橋からポン・ヌフ橋までの水泳レースが開催されていたが(1905年に初開催)、1923年には汚染を理由にセーヌ川での遊泳が禁止になり、こうしたレースも行われなくなった。1924 年大会でもセーヌ川では競技が実施されることはなく、今回実現すれば100年ぶりの水泳レース復活ということになる。
国民的スポーツのサッカー、そして日仏ともに金メダルを譲れない柔道、新競技ブレイキンなど、言うまでもなく注目が集まる。そしてなんといっても今回のオリンピック成功のカギをにぎるセーヌ川開催の開会式(7月26日)、トライアスロン(7月30~31日、8月5日)、マラソンスイミング(8月8~9日)、パラトライアスロン(9月1~ 2日)だ。ただし、周知のとおり、開催の可否は天気次第。直前または当日に大雨が降れば、中止になる。パリは強気で、本記事執筆時点では中止の場合のプランBはないとしている。一部ではトライアスロン大会で経験のあるニースや、ウルク運河などで行われる可能性も指摘されているが、雨が降らないことを願うしかない。
【Lady Gaga - Mon Truc en Plumes (Live from The 2024 Paris Olympics)】セーヌ川のサン=ルイ島の東端に位置するバリエ広場で、レディー・ガガのパフォーマンス「羽飾りのトリック」は行われました(雨天のため開会式当日に事前撮影)。後ろに見えるのはシュリー橋。
パラリンピックの開会式はセーヌ川ではなくコンコルド広場で行われることになっており、こちらもスタジアム以外で開催される開会式として初めての試みである。市街地を舞台にするマラソン(8月10~11日)、自転車ロードレース(7月27日、8月3~ 4日)、競歩(8月1日)などは、美しいパリを最大限に映し出すべく考えられたコースを採用し、パリの街並みとスポーツを融合させる。モンマルトルの丘や凱旋門、エッフェル塔の上から眺めるパリの景色は有名だが、パリの東側、下町のメニルモンタン通りを駆け下りながら見るパリもいい(自転車ロードレース)。ツール・ド・フランスなどを見慣れている人はわかるかもしれないが、一瞬たりとも気の抜けない選手たちの石畳との闘いも見どころだろう。
普段はあまりスポーツを観戦しないという人も、セーヌ川や市街地を舞台に繰り広げられる大掛かりなスペクタクルを是非楽しんでほしい。円安の影響もあり、この夏はパリに来る日本人観光客の数が少ないと聞いたが、「フランスが見せたいパリ」はテレビ中継のほうがむしろ鮮明かもしれない。
【白水社の雑誌『ふらんす』2024年8月号「特集 パリ・オリンピックとセーヌ川」より】