産業革命の「リハビリ」とは ロバート・C・アレン『産業革命──起源・歴史・現在』
記事:白水社
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産業革命に関しては、長い論争の歴史がある。
1884年に有名なオクスフォード講義においてアーノルド・トインビーが用いたときから、「産業革命」という用語がイギリス人のあいだに定着していった。トインビーによる「産業革命」概念には、いくつかの特徴があった。ひとつは、産業革命を急激な変化、つまり「断絶」と捉えるものである。もうひとつは、産業革命がもたらした悲惨な状況を強調するものである。ここに産業革命に対する「断絶性」と「悲観的解釈」を柱とする古典的見解が確立することになった。
戦間期イギリスの経済史家は、18世紀後半に発生した産業革命の革命性に対して懐疑的であった。ジョン・クラパムは、綿工業の領域においてさえ1850年までに一部が革命的に変化したにすぎず、経済の諸部門は実質的には変化していなかったという。実質賃金などの統計をとってみると、それ以前の社会は牧歌的で調和的な世界などではなく、むしろ貧困に満ちた社会であり、産業革命によって生活水準は低下しなかったとする。トインビーの「断絶」=「悲観」説に代わる「連続」=「楽観」説の登場となる。
第二次世界大戦後の復興ブームのなかでは、産業革命の「革命性」がふたたび注目されるようになった。経済理論家のウォルト・ロストウは、『経済成長の諸段階』(1960年)において、産業革命とは、工業化に向けての「離陸」の時期であり、それは1783年から1802年の時期に到来し、その後に経済成長が持続し「大衆消費社会」が実現したとする。他方で、マルクス主義の立場からは、エリック・ホブズボームが、『市民革命と産業革命』(1968年)や『産業と帝国』(1972年)のなかで、産業革命が人類の生活や世界史に根本的な転換をもたらしたとする。ロストウら近代化論者だけではなく、ホブズボームなどのマルクス主義者は、こぞって革命の「断絶性」を強調したのである。
1970年代から1980年には「英国病」と呼ばれるイギリス経済の停滞を背景として、新たな潮流が生まれた。ニック・クラフツは、「離陸」概念で示された「急激な変化」というよりは「緩慢な成長」をみてとり、19世紀初頭の国民総生産の成長率や工業生産高の増加率についての従来の統計的な指標を下方修正し、「産業革命」は劇的な経済変動ではなかったと主張した。こうして産業革命の「神話」に対する「偶像破壊」が進められていったのである。
最近では、ふたたび産業革命の劇的な変化や断絶の側面を描こうとしている。この傾向は産業革命論の「リハビリテーション」と呼ばれており、それは次のような問いに答えるかたちで進行している。第一に、なぜ産業革命はイギリスで最初に起こったのかという問題であり、第二に、かつての断絶・連続論争に対応するかたちで、産業革命が「革命」と言われるはなぜかというものであり、そして第三に、悲観・楽観論争への応答として、産業革命によって人びとの生活はどのように変化したのかということである。
こうした研究史の状況を踏まえて、本書におけるアレンの産業革命論を要約すれば、次のようになるだろうか。
第一に、なぜイギリスで産業革命が発生したのかという問いである。それは、最近の文脈では、なぜ1800年ごろまでは優勢であったアジアなどの地域を凌駕してヨーロッパが世界の経済的覇権を握ることになったのか(「大分岐」)、また、とりわけヨーロッパのなかでもイギリスがその先頭を切ったのはなぜか(「小分岐」)という論争に結びつく。
イングランドは近世のグローバル化した経済のなかで経済発展し、高賃金経済を実現するにいたった(第2章)。このあたりは、農村工業から工業化が始まったとする大塚久雄の議論とも共鳴するところがある。この高い賃金を節約する志向が生まれることで、技術革新への誘因が生じ、産業革命期にはさまざまな発明が実現された。とりわけ、それは綿業や製陶業、蒸気機関の領域で顕著であり、生産性の飛躍的な向上をもたらす工場の発明へとつながったとする。高賃金経済と安価なエネルギー資源の存在、それらが世界経済の再編につながった(第6章)とするのが、アレンの解答であった。
【Bob Allen: Why did Britain industrialised when others did not】
第二に、産業革命はいかなる意味で「革命」と呼ばれるのかということについてである。産業革命の「革命」性は、経済成長率の高さや技術革新の数にあるのではなく、質的な変化、つまり蒸気機関の登場によって石炭資源を利用したエネルギー革命に求められる。それは、科学革命後の実験と観察を特徴とするイングランドの産業的啓蒙が生み出した蒸気機関の発明によって促されていった、というのが最近の解釈である。アレンの『世界史のなかの産業革命』は、産業的啓蒙と技術革新を主題とするものであったが、その成果が本書ではふんだんに生かされている(第3章)。
第三の論点、つまり産業革命によって人びとの生活はどのように変化したのかということについては、アレンは、産業革命による経済変容が、社会構造を変え(第4章)、政治的変革をもたらしたこと(第5章)を指摘している。とりわけ、土地所有階級や中産階級と労働者階級との格差、また労働者階級内部の格差を拡大していったことを強調する。産業革命の影響は、人口動態レベルで人口増加・都市化が加速し、人びとの心性や生活様式を変え、また生活水準の面においては、女性や子どもたちに貧困と格差をもたらすようになった。この点でのアレンの叙述はやや包括性を欠くという印象を否めないが、限られた紙幅においては仕方がないというところか。
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近年の欧米では「資本主義」をめぐる歴史的議論が盛んだ。アメリカの大学では歴史学部を中心に「新資本主義史」(New History of Capitalism: NHC)なる潮流が奴隷制と経済発展の結合を強調し、またフランスのトマ・ピケティらは、経済成長と「格差」の関係を分析してアカデミズム内外で大きな影響力をもつ。グローバル化のなかで、格差や貧困の拡大、奴隷制の過去と人種差別の存続、そして気候変動と環境破壊といった構造的問題が浮上してきている現在、本書でのアレンの議論をどのように考えるべきかについては、読者の判断に委ねることにしよう。
長谷川貴彦
【ロバート・C・アレン『産業革命──起源・歴史・現在』「訳者解題」より】