論文でもビジネスでも! 「筋の良い問い」の育て方 ――『リサーチ・クエスチョンとは何か?』より
記事:筑摩書房
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英国の社会学者パトリック・ホワイトが『リサーチ・クエスチョンの作り方―社会科学者のためのガイドブック』という画期的な解説書を上梓したのは、2009年のことでした。それから8年後にホワイトはある論文で、その時点でもなおリサーチ・クエスチョンは「部屋の中の象」のような存在にとどまっていると指摘しています。
部屋の中の象(the elephant in the room)というのは英語の慣用句であり、その意味は〈皆がその存在を認識していながら見て見ぬフリをする不都合な真実〉というものです。
ホワイトによれば、リサーチ・クエスチョンについて書かれた本格的な解説書は従来きわめて少なく、研究方法論一般について扱っている教科書でさえ、リサーチ・クエスチョンをめぐる問題について深く掘り下げて解説したものは皆無に近かったというのです。また、ベストセラーになった教科書の場合であっても、その索引に「リサーチ・クエスチョン」という項目を設けている例は非常に稀だったとされます。
実際、それらの教科書や解説書では、〈そもそもリサーチ・クエスチョンとはどのようなものであるか〉という点についてほとんど何の解説を加えることもなく、いきなりリサーチ・クエスチョンが備えるべき条件などに関する解説を始めている例が少なくありません。つまり、その種の文献は、肝心の「リサーチ・クエスチョンとは何か?」という「問いについての問い」に対してまともに答えることなく解説をおこなっているのです。
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こうしてみると、リサーチ・クエスチョンは、どうにも不可解で(あえて少し極端な表現を使えば)正体不明なものであるように思えます。また、その正体不明のリサーチ・クエスチョンをめぐって何かとてつもなくオカシナことが起きているようにさえ思えてきます。
もっとも、そのような状況はこの10年ほどのあいだに少しずつ変わってきています。例えば、10数年前まではリサーチ・クエスチョンを専門に扱った本は数点があるのみでした。それが現在では、海外で出版された書籍の場合、Research Question をタイトルや副題に含む書籍は30点近くに及びます(Amazon.com での検索結果)。
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日本でも、「リサーチ・クエスチョン」を題名に含む解説書や訳本が登場してきています。また、研究上の問いに限定されているというわけではありませんが、問いの立て方や設定法、あるいは物事を「問う」行為の本質的な意味と性格について扱った書籍などが相次いで出版されるようになってきました。これらの文献を通してリサーチ・クエスチョンの性格ないし、その「正体」は少しずつ明らかになってきていると言えます。
もっとも、それら比較的最近の解説書も含めて、リサーチ・クエスチョンについての解説は発展途上の段階にあり、未だに議論が尽くされていない点がかなりあります。わたしが特に物足りなさを感じているのは、調査の初期段階で研究上の問いを設定し、それを最終的に論文上でリサーチ・クエスチョンとして発表するまでの過程で繰り返される試行錯誤に関する解説がきわめて不十分である、という点です。
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以上のような点を踏まえて、この本では、特に、初期段階だけでなく調査研究におけるほとんど全ての過程を通しておこなわれるリサーチ・クエスチョンの作り方と作り直し方、つまり「育て方」に焦点を絞って解説していくことにしました。本書の読者としては、主に、卒業論文や修士論文を作成する作業の一環として初めて調査研究をおこなう人々を想定しています。それらの人々が、調査研究の作業を進めていく中で、「問いの立て方」に関してとまどいを覚えたり行き詰まりを感じた際に、この小さな本が何らかの解決の糸口になるようなことがあったとしたら、著者としてこれ以上の喜びはありません。(なお、問いを「立てる」という言い回しに含まれる問題点については、第1章で改めて解説します。)
序 章 論文のペテン(詐術)から学ぶリサーチ・クエスチョンの育て方
第1章 定義する――リサーチ・クエスチョンとは何か?
第2章 問いの内容を見きわめる――何について問うのか?
第3章 問いの目的について確認する――そもそも何のために問うのか?
第4章 「ペテン」のからくりを解き明かす――なぜ、実際の調査と論文のあいだにはギャ
第5章 問いを絞り込む――どうすれば、より明確な答えが求められるようになるか?
第6章 枠を超えていく――もう一歩先へ進んでいくためには?