中世のミソジニー社会で戦った異性装の少女 『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』
記事:白水社
記事:白水社
ジャンヌ・ダルク、すなわちアルクのジャンヌは、自分は「ラ・ピュセル」──フランスを宿敵イングランドから解放するために神から遣わされた処女──であると高らかに宣言するまでの5年間、天使たちの助言に従ってきた。ジャンヌが聞いた声たちは、大いなる光をともなって、彼女の右肩のうしろから話しかけてきた。それはジャンヌひとりだけの悦ばしい秘密だった。
しかし声たちはある探求〔quest:あたえられた使命を達成するために騎士がおこなう旅〕のためにジャンヌを教え、準備をさせてきたのであり、1429年にその探求を開始する時が訪れたと告げたとき、彼らは見たところはただの平凡な農民の少女を、ひとりのヒロイン──中世後期の女性に課せられていたすべての制約に挑戦する幻視者──へと変容させた。
育てた者たちからは農村女性の平凡なマントをまとうことだけを期待されていたので、ジャンヌは、預言され、定められ、逃れようのない自分の宿命として受け容れたものの達成を両親から妨げられないように、声たちが自分に求めることを家族には内緒にしていた。17歳のとき、ジャンヌは天の父の命に従って男の服を身に着けた。髪を短く刈り、甲冑をつけ、天使たちからあたえられた剣を手にした。神が自分に求めるものの法外な大きさに震えあがり、だれの尺度で測っても途方もないミッションを成し遂げるという決意で熱く燃え立っていた。[中略]
預言、お告げ、処女性。隠された剣、宝冠をもつ天使。騎士たちの軍隊、蝶の雲。的をはずれる男根的な矢。塔の独房、邪悪な司教、国王の背信。焼けない心臓、この不死の心臓を焼きつくせなかった炎から飛び立つ1羽の鳩。ジャンヌにおいては、運命、あるいは神、あるいは神たち、あるいは無作為の意味のない偶然が現実のヒロインをつくり出した。限られたメディアが象徴に大きく依存していた時代に、彼女が地上で過ごした短い時間は、象徴で豊かに彩られていた。ジャンヌ・ダルクの物語は集団の夢を実現しただけでなく、それを変容させ、炉辺から天国へと昇格させた。事実は混乱し、ジャンヌの伝記のような伝記は創造を促す。その出所は無意識であり、その論理は理性とは別物である。すべての善きほら話と同様に、ジャンヌの物語も口伝えで広まり、語り手の気まぐれのままに増補されたり、省略されたりした。
しかし、忠実な支持者が加えた愛すべき細部──嘘をつくというよりは、彼女を敬虔なレンズを通して見ている──が、彼女の生涯のいくつもの異本に錆のようについている一方で、その生涯は人びとの眼前で展開した。数千人が目撃し、その輪郭は想像されたのではなく知られたのであり、書かれた資料によって守られていた。最初期の伝記作者は、その物語が展開しているまさにそのとき、神話の王国に運び去られていく物語を語った。その物語は、詳細さにおいて特筆すべき歴史的記録のおかげで、神話化を免れていることが示されるだろう。
【ジャンヌ・ダルクの神話 - 歴史 - 完全なドキュメンタリー】
真実とフィクションのあいだの緊張が、ジャンヌの伝記を生き返らせつづけている。なぜならば、ひとつの物語が生きているのは、ひとつの言語と同様に、それが変化を続けているかぎりにおいてだからだ。ラテン語は死んだ。ジャンヌは生きる。ジャンヌはシェイクスピア、ヴォルテール、シラー、トウェイン、ショー、ブレヒト、アヌイ、そしてそれほど有名ではない何千もの作家によって想像され、想像しなおされてきた。
その死後数世紀にわたって、キリスト教徒、フェミニスト、フランスのナショナリスト、メキシコの革命家、そしてヘアドレッサーたちによって慈しまれてきた。彼女の粗野なヘアカットは、家父長的構造からの独立のシンボルとして、フラッパーたちのボブヘアに想をあたえた。
彼女が耳にした声たちは、神学者と同様に精神科医と神経科医の注意を引いてきた。ジャンヌ・ダルクは決して安らかには眠れないように思われる。ジャンヌの記憶が繰り返し呼びさまされるのは、一度理解した物語をわたしたちは忘れてしまうからなのだろうか?
【キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)所収「第1章 はじめに言があった」より抜粋紹介】