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中世のミソジニー社会で戦った異性装の少女 『ジャンヌ・ダルクの物語──かたどられた人生』

記事:白水社

キャスリン・ハリソン著『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社刊)は、魔女狩りのような異端審問裁判や誹謗中傷をのりこえ、史上屈指のヒロインとして聖人になったジャンヌの生涯を多様な側面から物語る。裁判記録・年代記・書翰など歴史資料、文学をはじめ絵画・映画など表象文化に描かれたジャンヌ・ダルク像も網羅し、その実像と象徴的意味に迫る。地図・年表・図版多数収録。
キャスリン・ハリソン著『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社刊)は、魔女狩りのような異端審問裁判や誹謗中傷をのりこえ、史上屈指のヒロインとして聖人になったジャンヌの生涯を多様な側面から物語る。裁判記録・年代記・書翰など歴史資料、文学をはじめ絵画・映画など表象文化に描かれたジャンヌ・ダルク像も網羅し、その実像と象徴的意味に迫る。地図・年表・図版多数収録。

 ジャンヌ・ダルク、すなわちアルクのジャンヌは、自分は「ラ・ピュセル」──フランスを宿敵イングランドから解放するために神からつかわされた処女──であると高らかに宣言するまでの5年間、天使たちの助言に従ってきた。ジャンヌが聞いた声たちは、大いなる光をともなって、彼女の右肩のうしろから話しかけてきた。それはジャンヌひとりだけのよろこばしい秘密だった。

『ジャンヌ・ダルク』 ジュール・バスティアン=ルパージュ、1879年。バスティアン=ルパージュはジャンヌの天使たちにまつわる論争を、天使たちを彼女の背後、放棄された彼女の織機の上、彼女の視野の外の空中に浮かばせることで解決した。画家は天使たちがジャンヌの想像力の産物であることを示唆しているのかもしれない。[キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)p.144より]
『ジャンヌ・ダルク』 ジュール・バスティアン=ルパージュ、1879年。バスティアン=ルパージュはジャンヌの天使たちにまつわる論争を、天使たちを彼女の背後、放棄された彼女の織機の上、彼女の視野の外の空中に浮かばせることで解決した。画家は天使たちがジャンヌの想像力の産物であることを示唆しているのかもしれない。[キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)p.144より]

しかし声たちはある探求クエスト〔quest:あたえられた使命を達成するために騎士がおこなう旅〕のためにジャンヌを教え、準備をさせてきたのであり、1429年にその探求を開始する時が訪れたと告げたとき、彼らは見たところはただの平凡な農民の少女を、ひとりのヒロイン──中世後期の女性に課せられていたすべての制約に挑戦する幻視者──へと変容させた。

1429年のフランス[キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)p.9より]
1429年のフランス[キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)p.9より]

 育てた者たちからは農村女性の平凡なマントをまとうことだけを期待されていたので、ジャンヌは、預言され、定められ、逃れようのない自分の宿命として受け容れたものの達成を両親から妨げられないように、声たちが自分に求めることを家族には内緒にしていた。17歳のとき、ジャンヌは天の父の命に従って男の服を身に着けた。髪を短く刈り、甲冑かっちゅうをつけ、天使たちからあたえられた剣を手にした。神が自分に求めるものの法外な大きさに震えあがり、だれの尺度で測っても途方もないミッションを成し遂げるという決意で熱く燃え立っていた。[中略]

『ジャンヌ・ラ・ピュセル』 ジャック・リヴェット監督、1994年。ジャンヌ(サンドリーヌ・ボネール)は、初めて髪を切るとき、甲冑の磨かれたブレストプレートを鏡として使い、使徒パウロが神が女にその慎みを保つために「覆い」としてあたえたと言ったものを切り落とす。[キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)p.145より]
『ジャンヌ・ラ・ピュセル』 ジャック・リヴェット監督、1994年。ジャンヌ(サンドリーヌ・ボネール)は、初めて髪を切るとき、甲冑の磨かれたブレストプレートを鏡として使い、使徒パウロが神が女にその慎みを保つために「覆い」としてあたえたと言ったものを切り落とす。[キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)p.145より]

 預言、お告げ、処女性。隠された剣、宝冠をもつ天使。騎士たちの軍隊、蝶の雲。的をはずれる男根的な矢。塔の独房、邪悪な司教、国王の背信。焼けない心臓、この不死の心臓を焼きつくせなかった炎から飛び立つ1羽の鳩。ジャンヌにおいては、運命、あるいは神、あるいは神たち、あるいは無作為の意味のない偶然が現実のヒロインをつくり出した。限られたメディアが象徴に大きく依存していた時代に、彼女が地上で過ごした短い時間は、象徴で豊かに彩られていた。ジャンヌ・ダルクの物語は集団の夢を実現しただけでなく、それを変容させ、炉辺から天国へと昇格させた。事実は混乱し、ジャンヌの伝記のような伝記は創造を促す。その出所は無意識であり、その論理は理性とは別物である。すべての善きほら話と同様に、ジャンヌの物語も口伝えで広まり、語り手の気まぐれのままに増補されたり、省略されたりした。

『ジャンヌ・ダルク』 ヴィクター・フレミング監督、1948年。マクスウェル・アンダーソンのロマン主義的脚本はコンピエーニュにおけるジョウン(イングリッド・バーグマン)の捕縛を無視する。ジョウンが司祭のような衣装を着て、自由の身のままで捧げる祈りは、彼女をイングランド軍による虜囚と彼女を待つ殉教に直接、引き渡す。[キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)p.287より]
『ジャンヌ・ダルク』 ヴィクター・フレミング監督、1948年。マクスウェル・アンダーソンのロマン主義的脚本はコンピエーニュにおけるジョウン(イングリッド・バーグマン)の捕縛を無視する。ジョウンが司祭のような衣装を着て、自由の身のままで捧げる祈りは、彼女をイングランド軍による虜囚と彼女を待つ殉教に直接、引き渡す。[キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)p.287より]

しかし、忠実な支持者が加えた愛すべき細部──嘘をつくというよりは、彼女を敬虔なレンズを通して見ている──が、彼女の生涯のいくつもの異本にさびのようについている一方で、その生涯は人びとの眼前で展開した。数千人が目撃し、その輪郭は想像されたのではなく知られたのであり、書かれた資料によって守られていた。最初期の伝記作者は、その物語が展開しているまさにそのとき、神話の王国に運び去られていく物語を語った。その物語は、詳細さにおいて特筆すべき歴史的記録のおかげで、神話化を免れていることが示されるだろう。

 

【ジャンヌ・ダルクの神話 - 歴史 - 完全なドキュメンタリー】 

 

 真実とフィクションのあいだの緊張が、ジャンヌの伝記を生き返らせつづけている。なぜならば、ひとつの物語が生きているのは、ひとつの言語と同様に、それが変化を続けているかぎりにおいてだからだ。ラテン語は死んだ。ジャンヌは生きる。ジャンヌはシェイクスピア、ヴォルテール、シラー、トウェイン、ショー、ブレヒト、アヌイ、そしてそれほど有名ではない何千もの作家によって想像され、想像しなおされてきた。

ジョージ・バーナード・ショー『聖女ジョウン』 オットー・プレミンガー監督。一度、王座を手にすると、シャルルは戦争にふたたび参加しようとするジョウン=ジャンヌの試みを妨害し、彼女の服従心を試す。「そのあとなにも危険がないときは、なんて退屈なのだろう」とジョウン(ジーン・セバーグ)はデュノワ(リチャード・トッド)にこぼす。[キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)p.286より]
ジョージ・バーナード・ショー『聖女ジョウン』 オットー・プレミンガー監督。一度、王座を手にすると、シャルルは戦争にふたたび参加しようとするジョウン=ジャンヌの試みを妨害し、彼女の服従心を試す。「そのあとなにも危険がないときは、なんて退屈なのだろう」とジョウン(ジーン・セバーグ)はデュノワ(リチャード・トッド)にこぼす。[キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)p.286より]

その死後数世紀にわたって、キリスト教徒、フェミニスト、フランスのナショナリスト、メキシコの革命家、そしてヘアドレッサーたちによって慈しまれてきた。彼女の粗野なヘアカットは、家父長的構造からの独立のシンボルとして、フラッパーたちのボブヘアに想をあたえた。

『ジャンヌ・ダルク裁判』 ロベール・ブレッソン監督、1962年。ジャンヌ(フロランス・ドレ)の処刑人は、彼女の火刑台があまりにも高いところに立てられたので、その首のまわりに綱を巻いて窒息させることができないと苦情を言う。これは火刑に処される者に通常あたえられる慈悲だった。[キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)p.290より]
『ジャンヌ・ダルク裁判』 ロベール・ブレッソン監督、1962年。ジャンヌ(フロランス・ドレ)の処刑人は、彼女の火刑台があまりにも高いところに立てられたので、その首のまわりに綱を巻いて窒息させることができないと苦情を言う。これは火刑に処される者に通常あたえられる慈悲だった。[キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)p.290より]

彼女が耳にした声たちは、神学者と同様に精神科医と神経科医の注意を引いてきた。ジャンヌ・ダルクは決して安らかには眠れないように思われる。ジャンヌの記憶が繰り返し呼びさまされるのは、一度理解した物語をわたしたちは忘れてしまうからなのだろうか?

 

【キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)所収「第1章 はじめにことばがあった」より抜粋紹介】

 

キャスリン・ハリソン『ジャンヌ・ダルクの物語──象られた人生』(白水社)目次
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