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アマルティア・センが『正義のアイデア』で示した「不正義を克服する方法」とは?

記事:明石書店

アマルティア・センの『正義のアイデア』

 正義論から連想されるのは「正義とは何か」という問いである。正義論の多くはその答えを見つけようとしてきた。しかし、アマルティア・センは、その問いに答えるために『正義のアイデア』を書いたわけではない。センは、その議論では私たちが直面している現実の「不正義」を取り除くために役に立たないと考えている。センが目指したのは、現実の不正義を取り除くための「方法」である。

 「正義」とは何かが分からなくても、私たちの前で、あるいは周囲で起きている「不正義」を敏感に感じ取り、怒っている。不正義に怒りを感じることは、不正義を取り除くための出発点である。しかし、怒りが重要だとしても、その怒りが本当に不正義から生まれているのかは慎重に検討しなければならない。ヘイトスピーチのように、「怒り」が逆に不正義を拡散させてしまうこともある。もし不正義に対する怒りに「まともな理由」があるなら、それが多くの人々を動かし、不正義を取り除く力となる。

 では、まともな理由が複数あり、そこで意見が対立したら、どうすればいいのだろうか。そのことを示すために『正義のアイデア』の序章には「3人の子どもと1本の笛」の例が出てくる。3人の子どもが1本の笛を巡って言い争っている。3人の中でアンだけが笛を上手に吹くことができ、ボブだけが貧しくておもちゃを持っておらず、カーラは笛を作った子である。さて、どの子に笛をあげるべきだろうか。功利主義者ならアンに、経済平等主義者ならボブに、リバタリアンならカーラにあげるべきだと言うだろう。つまり、3人の子どもにはそれぞれ簡単に否定できない根拠となる考え方がある。では、そのうち、どれが正しい(=正義)のだろうか。それが、「正義とは何か」を問う正義論である。仮に、リバタリアンが正しいという結論が導かれたとしよう。そのとき、カーラは喜ぶが、アンもボブも納得できず、不満が残り、不正義を感じるだろう。しかし、センのアプローチは、3人の子どもが異なる意見を受け入れるところから始まり、どのようにすれば皆が納得できる答えを見つけられるかを考える。皆が納得すれば、不正義を感じることはない。このアプローチは経済学では社会的選択理論と呼ばれており、センはこの分野で大きな貢献をしたことでノーベル経済学賞を受賞した。

 

2006年頃のアマルティア・セン(写真はパブリックドメイン)
2006年頃のアマルティア・セン(写真はパブリックドメイン)

 『正義のアイデア』の中では、「3人の子どもと1本の笛」の答えを示さない。その理由は、3人の子どものことを知らなければ答えられないからである。子どもたちのことをよく知る小学校の先生ならどうするか考えてみよう。まず3人の子どもに、なぜ笛が欲しいのか、笛で何をしたいのかと聞くだろう。このとき、3人の子どもは、他の子どもがなぜ笛を必要としているのか、それで何をするのかを知ることになる。「互いのことをよく知ること」はセンのアプローチでは必須だが、「正義とは何か」という議論にはそれがない。『正義のアイデア』の第1章は「理性と客観性」と題されている。3人の子どもがどんな状況にあり、何をしたいと思い、その結果、何が起こるかについて皆が共通の認識を持つことが、ここでの「客観性」の意味である。互いの状況を知れば答えが見つかることがある。例えば、アンとカーラが、おもちゃを持たないボブがとても困っているということを知ったなら、ボブに譲ってあげようと思うかもしれない。アンとカーラが十分に優しい子であれば、この方法はうまくいく。人類がこの種の問題をうまく解決できるようになったのは、他者を思いやる気持ちを人間の本能として進化させてきたからだった。しかし、利己的な社会ではこの方法はうまくいかない。優位にある者は譲ろうとはしないからだ。例えば、ジェンダー格差の大きな社会で優位にある男性はその優位性を手放そうとしない。あるいは、雇用の現場では、正規労働者は非正規労働者の待遇が改善されることを望まない。

 3人の子どもの例で、先生は「笛で何をしたいのか」と聞いたが、センのアプローチは、「何をするのか」「何ができるのか」「何が起こるのか」に注目する。「何が起こるのか」に注目するだけで答えが導けることもある。例えば、アンが「皆のために笛を吹く」と答え、ボブが「笛を振り回して遊ぶ」と答え、カーラは「ただ眺めているだけ」と答えたなら、ボブとカーラも、アンにあげるのがいいと思うかもしれない。このとき、3つのケースを比較し、最善のものを選んでいる。こうした点から、センのアプローチは「比較アプローチ」と呼ばれる。「比較」の点では功利主義と同じだが、功利主義と違い、センは「効用」を使わず、その代わりに「ケイパビリティ」を用いる。ケイパビリティの意味は「〇〇できること」である。注目すべきなのは「何ができるか」なのである。

 センのアプローチでは、具体的な状況が分からなければ、どうすべきかまで言うことはできない。センが『正義のアイデア』で示しているのは、考慮すべき様々な条件であって、それに基づいて具体的に考えるのは各自がすることである。答えが与えられることに慣れてしまうと、自分で考えることをしなくなる。答えのないアプローチは曖昧に思えるかもしれないが、その方が現実的な答えを見つける上で役に立つ。

 センは子どもの頃にベンガル大飢饉を経験しただけでなく、ヒンズー教徒とイスラム教徒の対立が激化する様子も、女性が差別される様子も見てきた。センの議論は常に現実的な問題とつながっているのだ。

 難しい抽象的な議論も、具体的な事例で鮮やかに説明してくれるのがセンの本の特徴だ。『正義のアイデア』には具体的な事例がたくさん出てくる。しかし、日本の不正義の話が出てくるわけではない。だからと言って、センのアプローチが日本では役に立たないというわけではない。センが示した事例は日本の事例で置き換えることができる。『正義のアイデア』の第16章「民主主義の実践」でベンガル大飢饉の話が取り上げられているが、その議論を能登半島地震に応用してみよう。

ベンガル大飢饉と能登半島地震

 第2次世界大戦中、日本軍はインドのインパールまで侵攻した。インパール作戦が始まったのは1944年に入ってからだったが、その前から戦争の準備が始まっており、その結果、ベンガル地方で食糧が不足するようになっていた。当時、10歳だったセンはその様子を目の当たりにする。当時のインドはイギリスの植民地だったので、飢えている人たちを救う責任はイギリス政府にあった。しかし、イギリス政府に飢饉の深刻な状況は伝わっていなかった。報道が規制されていたからだったが、ある新聞社がその規制を破り報道したことがきっかけとなってイギリス本土で議論が始まり、すぐに対策が実施された。報道がきっかけとなったが、それだけでイギリス政府を動かすことはできない。イギリス人は、インドで多くの人たちが餓死しているのを知り、何もしない政府を批判した。しかし、もしイギリス人が利己的で、インド人のことに無関心だったなら、政府は何もしなかっただろう。ベンガル大飢饉からセンが得た教訓は、不正義を取り除くためには報道と民主主義の両方が必要だということだった。

 

1943年のベンガル大飢饉(写真はパブリックドメイン)。
1943年のベンガル大飢饉(写真はパブリックドメイン)。

 この教訓は、身の回りの不正義にも当てはまる。「3人の子どもと1本の笛」の例では、3人の子どもは、まず互いのことを知る必要があったが、これが広い意味での「報道」の役割に当たる。次に、3人の子どもは自分自身のことを離れて皆のことを考えようとしたが、これが「民主主義」の役割に当たる。不正義を克服する方法は基本的に同じである。

 次に、2024年1月1日に起こった能登半島地震について考えてみよう。震度7の地震が発生し、多くの家屋が倒壊し、道路が寸断され、火災が発生し、大きな被害をもたらした。その状況はどのように報道されただろうか。報道関係者はどこまで被災地に入り込み、被害の状況を報道しただろうか。その翌日に羽田空港で飛行機同士の衝突事故が起こり、その報道に多くの時間が割かれた。首相が新年の挨拶回りをする様子がテレビでは流れ、主要な政党の党首たちが集まって、現地に行くのを控えることで合意した様子が伝えられた。ボランティアには現地に入らないように呼びかけられ、出動準備を整えていた台湾の救助隊には派遣を断っていた。現地に人が入らなければ現地の様子はなかなかわからず、次第に人々の関心は薄れていく。多くの人が無関心であれば政府は何もしなくなる。

 

日が暮れたあとも行方不明者の捜索や消火活動を続ける消防隊員=2024年1月3日、石川県輪島市、朝日新聞社
日が暮れたあとも行方不明者の捜索や消火活動を続ける消防隊員=2024年1月3日、石川県輪島市、朝日新聞社

 何もしない政府は、何もしない理由を探し、何もしないことを正当化する。助けようとすれば助けられる人がいる時に、「ボランティアが現地に行けば、現地の邪魔になる」とか「過疎地を復興しても意味がない」とか、助けない理由を探していることほど空しいものはない。

 そもそも「助けない理由」は間違っていることが多い。かつては「飢饉は食糧不足によって起こるのだから助けることはできない」と考えられていた。しかし、飢饉のときでも、すべての人が飢え死にしないだけの十分な食糧は存在していたのであり、助けようと思えば助けることができた。そのことをセンは証明し、今ではそれが通説になっている。「ボランティアが現地に行けば邪魔になる」という主張は本当に正しいだろうか。

不正義がはびこる理由

 不正義を取り除く方法が、広い意味での「報道」と「民主主義」にあるとすれば、不正義がはびこる理由は、それらの欠如にある。例えば、ジャニー喜多川による性加害問題は日本国内では公然の秘密であったが、それをイギリスのBBCが番組で取り上げたことがきっかけとなって、日本でも報道されるようになった。

 子どもの貧困問題は報道されるようになって、その実態がようやく広く知られるようになった。世界のジェンダー格差指数が公表され、日本のジェンダー格差が非常に大きいことが世界中に知られるようになっても、日本国内で報道されることはほとんどない。同じように政治家の不正が明らかになっても、報道が取り上げなければ大きな問題になることはない。報道機関としての役割を果たさなければ、当然、報道機関に対する信頼は揺らいでいく。

 「報道」を広く解釈すれば、職場での不正を告発する人もその役割を果たしていることになる。告発する人を守るために公益通報者保護法もできたが、告発する人には困難が待ち受けている。告発する人が自殺に追い込まれることもある。ストーカーの被害者には警察という訴える場所があるが、警察が何もしなければ被害者を守ることはできない。労働者は労働組合に訴えることができるが、非正規労働者の訴えは聞くだけで何もしてくれない。その声に耳を傾ける人がいなければ何も変わらない。

 同様に、たとえ報道されたとしても国民が無関心であれば不正義を取り除くことができない。政治家の嘘が毎日のように報道されても、国民が無関心でいれば、政治家は嘘をつき続けることができる。自分の暮らしに満足し、不正義に無関心でいると、不正義はどんどん広がっていく。

 

不正義を克服するのに必要となる「報道」と「民主主義」。しかし、報道の信頼性は揺らいでいる(写真提供:photo AC)
不正義を克服するのに必要となる「報道」と「民主主義」。しかし、報道の信頼性は揺らいでいる(写真提供:photo AC)

不正義と経済学

 利己的な人は不正義に無関心である。しかし、経済学者は「利己的に振る舞うことによって市場が社会的に望ましい状態に導いてくれる」と教えてきた。90年代以降、この市場主義の考え方に沿って「改革」が行なわれ、その結果、格差社会をもたらした。

 ケネス・アローは「利己的な経済人の仮定に基づいて望ましい社会を考えることはできない」ことを証明したが、アローが証明したのは「利己的な経済人」という仮定に問題があるということだった。センはこの問題を解決するためにスミスの『道徳感情論』の「共感」や「公平な観察者」に注目した。しかし、対立を煽る社会は人々の共感を奪っていく。対立候補を悪者に仕立てることで選挙に勝利できることを学ぶと、選挙は罵り合いの場になった。対立を煽る者は、罵る相手を探す。最初は誰も味方をする人がいないと思われる小さなコミュニティがターゲットにされた。しかし、一旦、罵り始めると、その対象はどんどん大きくなり、今では高齢者までも攻撃される。対立を煽る者は、人間性(ヒューマニティ)を破壊していく。人間性を複数形にするとヒューマニティーズ(人文学)である。その破壊とは、図書館を潰し、大学を攻撃することである。それが今、アメリカで起こっており、その様子は大きく報道されている。しかし、長い時間をかけて少しずつ予算を削っていけば報道されることはない。その結果、図書館はどんどん減っていき、大学は自らの役割を果たせなくなってしまうだろう。

判断材料としての多くの事例

 センは様々な具体例を挙げる。様々な例を考えることで、ある主張が正しいかどうかを確かめることができるからだ。それにならって『不正義の克服』でもたくさんの例を挙げた。例えば、「正義は立場によって全く違って見えるか」という議論で、シェイクスピアの『ハムレット』を取り上げ、さらに、水戸黄門の例も付け加えた。唐突な印象を受けるかもしれないが、それはいろいろな事例を通して多角的に考えて欲しいからである。様々な事例から考えることで、センが言っていることも理解することができるし、身の回りの不正義について、より具体的に考えることにつながる。

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