哺乳類の大先輩、恐竜を食べる⁉ ぬまがさワタリさんが描き下ろしイラストで解説『古生物はこんなふうに生きていた』
記事:白揚社
記事:白揚社
タイムマシンがあったらいいなと思う。何億年も昔の地球を闊歩した絶滅生物たちの姿を直接この目で見られたら、生き物好きとしてどんなに楽しいことだろう。
しかし『古生物はこんなふうに生きていた:化石からよみがえる50の場面』を読めば、タイムマシンなんていらないかも、と思えてくる。本書は古生物学者ディーン・R・ロマックスが、厳選された化石の研究から判明した、古生物たちの生き生きした姿を解説する本だ。古生物復元アーティストのボブ・ニコルズの手掛けた、まさにタイムマシンでちょっくら過去に行ってスケッチしたような美しく精緻なイラストも魅力だ。
古生物学の源泉といえば化石だが、化石になりにくい動物もいる。とりわけ、サメの化石は残りにくい。骨が柔らかい「軟骨」でできているからだ。『ジョーズ』でおなじみの巨大ザメ・ホホジロザメだろうと、その2倍の大きさを誇る、全長16メートルの「史上最大のサメ」メガロドンだろうと、サメの骨は長い時間をかけて分解されてしまう。
だから、大昔には「ベイビーシャーク」ならぬ「ベイビーメガロドン」が沢山いる「保育所」があったんだ!などと言われても、「YouTubeの見すぎ」「そんなことわかるわけないだろ」と思う人もいるかもしれない。だが、「わかる」のだ。
サメの化石は儚いが、ひとつ残りやすい部位がある。それは「歯」だ。約360万年前に絶滅したメガロドンについて今わかっている知識は、歯が教えてくれたものばかりだ。
南米のパナマ地峡にあるガトゥン層という地層では、様々なサメの化石が見つかる。
2008年ごろに見つかったメガロドンの歯は、とても小さかった。他の場所の歯と比較したところ、ガトゥン層の歯のほとんどが、幼魚や稚魚のものだとわかった(幼魚といっても2〜10メートルなので、十分巨大な赤ちゃんザメだが…)。
現代でも、多くのサメは幼い時代に「保育所」のある場所で過ごす。こうした保育所は、捕食者(もっと大きなサメ)に狙われやすい若いサメの生命線だ。ガトゥン層から小さな歯が大量に見つかったことは、この場所が「太古のベイビーメガロドン保育所」だったという説の裏付けになる。「歯」という限られた証拠からも、超巨大ザメの新たな一面を推察できるのが古生物学の面白さだ。
本書によると、サメに「保育園」があるように、なんと恐竜は「ベビーシッター」をしていたという!
だが「ベビーシッター」…つまり「恐竜が(自分の子ではない)子どもの面倒を見ていた」なんてことが、どうしてわかるのか? バイト代の化石が残っているとでもいうのか? よほどの偶然に恵まれない限り、そんな高度な人間関係ならぬ「恐竜関係」を推察できる化石など、残らないはずだが…。
だが時として、その「よほど」が起こる。
1億2500万年前の白亜紀の中国で、火山の土石流に巻き込まれ、とある恐竜たちが生き埋めになった。「プシッタコサウルス」という二足歩行の角竜である。大型犬くらいの大きさで、アジアではよく見つかる恐竜の一種だ。
生き埋めの化石群を調べると、大きな個体に、小さな個体がなんと24頭も群がっていたことがわかった。しかも、幅がたった60cmの岩塊にぎっしり収まっていたのだ。
この個体群は「親子」と推定されたが、一部の学者が疑問を唱えた。実際、研究を進めると、大きいプシッタコサウルスは、死んだ時点でまだ成体になっていなかったと判明した。
つまり、この化石は親として子守をしていたのではなく、成熟間近の若い個体、もしくは年長のきょうだいが、一時的に子の面倒を見ていた…つまり「ベビーシッター」をしていたのだ。
プシッタコサウルスの孵化後の行動は謎が多かったが、現代の哺乳類のミーアキャットも想起する「協力行動」を示す大発見となった。恐竜の親が自分の子の世話を他者に任せ、そのあいだに自分は他のことをやる。1億年以上前の恐竜たちの、社会的かつ「生活感」のある姿が見えてこないだろうか。
…ただよく考えると、この「ベビーシッター恐竜」も子どもたちも、丸ごと火山の土石流に飲み込まれて全滅したわけだから、残念ながらベビーシッター業としては大失敗である(親御さんはさぞ悲しかっただろう)。だが白亜紀のベビーシッターは過酷なのだ。優しき角竜と、無慈悲な土石流のおかげで、現代の私たちは恐竜の見知らぬ一面を垣間見ることができる。
プシッタコサウルスにまつわる興味深い話をもうひとつ。この恐竜の子どもたちが、とある「捕食者」に食べられていた証拠が化石として残っている。かわいい赤ちゃんをたいらげたのは、巨大な肉食恐竜か?それとも鋭いクチバシをもつ翼竜か?
実はその「捕食者」とは、我らが祖先である小さな哺乳類だったのだ。
恐竜が覇権を握る全盛期にも、実は哺乳類がひっそり暮らしていた。多くがネズミ程度の大きさだった哺乳類は、万物の霊長どころか、恐竜のごちそうにならないよう逃げ回るのが関の山だった。しかし「レペノマムス・ロブストゥス」というネコぐらいの大きさの哺乳類は、常識をひっくり返し、なんと逆に恐竜を「食べる」側に回ったという。
消化物の化石から判断すると、レペノマムス・ロブストゥスは、プシッタコサウルスの幼体を食べやすいサイズに噛み切って飲み込んだという。ワニのようにワイルドな食べ方だ。とはいえこの幼体は全長14cmくらいで、現代でいえば猫がムクドリを食べているようなサイズ感なので、それほど勇ましい絵面ではない。しかし恐竜には違いないし、レペノマムスが(自分の2倍も大きい)プシッタコサウルスが暮らす巣を、積極的に襲った説もある。恐竜から逃げ回るだけでない、ご先祖さまのタフな一面も、古生物学は教えてくれる。
人類の叡智を駆使し、現代に遺された情報から推理して、ミステリー小説のように太古の「真相」を解き明かしていくこと…。それはタイムマシンに乗って「正解」というネタバレをすぐに見てしまうことよりも、ワクワクする営みではないだろうか。
◇当時の行動をそのまま残した驚くべき50の化石から、太古の生物たちのリアルなくらしを読み解く異色の古生物本。三葉虫の行進やマンモスの決闘、恐竜の小便まで、美麗なイラストと驚きのストーリーで楽しむ一冊◇
「読むと世界の見え方が変わる本」を目指し、科学・心理・社会・テクノロジーなどのジャンルを中心に活動している出版社です。公式HP→ https://www.hakuyo-sha.co.jp/ noteで試し読みできます→ https://note.com/hakuyo_sha 公式Xアカウント→ @hakuyo_sha