ISBN: 9784130210881
発売⽇: 2025/10/02
サイズ: 18.8×2cm/324p
「ウクライナの形成」 [著]村田優樹
歴史学の仕事は、何が起こっているかを解説することではない。なぜこうなったのか、因果関係を軸に史料から実証することだ。2022年から始まるロシア・ウクライナ戦争以来、夥(おびただ)しい数のウクライナ関連書籍が出版された。だが、現代のウクライナ問題に至る本質を抉(えぐ)る歴史学の書はそう多くはない。いかなる来歴をもって今のウクライナに繫(つな)がるのか、本書は秀逸に描く。
評者も東欧の小民族スロヴァキア人の国民形成を研究してきたので、よくわかる。最初は名称もなく、前近代にいかなる政治的領域も持たなかったウクライナ人が、近代になって初めて領域的自治体や独立国家の形成を主張するには、誰からみても正当な論拠が必要になる。考えてみてほしい。論理を積み上げて物事を主張する欧州の政治文化の中で、単なる言語文化集団を政治集団として公言するには相当な理屈が必要だ。その理屈の検証もまた難儀。本書のように、事態を俯瞰(ふかん)する大局的な視座と細部にまで徹底した実証が必須だ。
著者は、ウクライナ人の民族領域自治がいかに構想され、実現したのか、緻密(ちみつ)に論じる。20世紀初頭の同地の知識人はまず、言語文化集団を地方議会の構成体とすることで政治集団化し自治権を獲得しようとした。その受け皿として、諸民族からなる民主連邦国家ロシアの再建もあわせて構想した。西欧と異なり、個人と国家の間に市民社会でなく諸民族が介在する独特さ。帝政ロシアの反体制派との連携を目指した点も重要だ。この議論の延長線上に、1917年11月、ウクライナ人民共和国が建国された。とはいえ、以後も独立論と連邦論が併存するのは現代を見る上で示唆的だ。
民族の政治的単位は一朝一夕に出来上がるものではない。自決権を行使すれば独立できるというものでもない。最初は非政治集団であったことを意識できるか否か。本書は歴史叙述におけるその重要性を教えてくれる。
◇
むらた・ゆうき 1992年生まれ。東京大准教授(近現代ウクライナ史、ロシア史、ナショナリズム研究)。