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「ロシア・ウクライナ戦争」書評 情報の波を越え複雑な謎を解く

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2023年11月25日
ロシア・ウクライナ戦争 歴史・民族・政治から考える 著者:塩川 伸明 出版社:東京堂出版 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784490210910
発売⽇: 2023/09/27
サイズ: 20cm/367p

「ロシア・ウクライナ戦争」 [編]塩川伸明 [著]松里公孝、大串敦、浜由樹子、遠藤誠治

 ロシアとウクライナの戦争は複雑だ。開戦の責任は明白にロシアにあるが、そこに至る経緯を知ろうとすると情報の波に呑(の)まれる。市民講座から生まれた本書は、そんな読者のために書かれた。日本のロシア・旧ソ連政治研究を牽引(けんいん)してきた編者を含む5人の研究者が最新の研究動向を整理し、いくつもの謎を解く。
 例えば、開戦時にプーチンが唱えた、ロシア人とウクライナ人が一体だという説は、どこから来たのか。その答えは歴史にある。元々、この地域はルーシと呼ばれ、周囲の圧迫で分裂と統合を繰り返した。両者を別民族とするのは、実はソ連時代以後の考え方なのだ。また、プーチンはユダヤ系のゼレンスキーをなぜかネオナチと呼ぶが、ここにも歴史認識問題が絡む。ウクライナの過去の政権は、第2次世界大戦中にナチスと手を組んでユダヤ人を虐殺した人物をソ連と戦った英雄として顕彰してきた。それは、国内でも世論を分断しているという。
 ウクライナの政治も不思議だ。なぜ、コメディアンのゼレンスキーが大統領になれたのか。その背景には政治構造の変化があった。従来は脆弱(ぜいじゃく)な中央政府を地方閥が支える構図だったのが、ユーロマイダン革命を機に地方が離反した。その結果、反エリート主義を訴えるゼレンスキーが一気に浮上する。その基盤の弱さが、ロシアに対する強硬姿勢に傾く原因となった。この構造は現在も変わらず、国防体制は地方閥の出方に依存している。
 締めくくりは国際秩序の問題だ。今回の戦争は国際秩序に対するロシアの挑戦だとされるが、その秩序はどのように作られたのか。本書は、第2次世界大戦後のアメリカと比較し、冷戦後の国際秩序には勝者である西側諸国の自己抑制が欠けていたと論じる。国際秩序の安定には敗者の包摂が必要なのだ。
 この戦争の終わらせ方を考える上でも、本書は多くの示唆を与えてくれる。
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しおかわ・のぶあき 1948年生まれ。東京大名誉教授(ロシア・旧ソ連諸国近現代史)。著書に『国家の解体』など。