同時代的な家族の変化を捉え直す――『家族生活と親密性の社会学』とともに考えるつながりのゆくえ(後編)
記事:春秋社
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個人化は、多様性ほどよく知られた言葉ではないだろうが、1990年代以降の西欧や日本の社会学では、同時代的な家族の変化を表現するためのもう1つのキーワードとなってきた。この個人化をめぐる議論に共通するのは、個人の主体性の台頭や規範が弱まることへの注目である。ただし、本書でも整理されているように、アンソニー・ギデンズは家族がより民主的な関係性に変化するというビジョンを提示していたのに対して、ウルリッヒ・ベックとエリーザベト・ベック゠ゲルンスハイムやジグムント・バウマンは、個人化によって家族関係が不安定になることを強調しており、日本の社会学に影響を与えた理論家のあいだでも、個人化が何をもたらすかについての見解は異なる。
個人化という用語になじみはなくても、個人の自由な選択が拡大することによって、日本の家族は平等になったという見かたや、逆に家族の絆が弱くなってしまったという見かたはひろく共有されているだろう。たとえば、「男は仕事、女は家庭」というジェンダー規範が弱まることで、女性が職業キャリアを築きやすくなり、夫婦関係はより平等になったといわれることや、子どもや高齢者が家族(内の女性)から充分なケアを受けられなくなると懸念されることはめずらしくない。この意味で、個人化も家族をめぐる「常識」の一部となっているといってよいだろう。
本書はこの個人化という家族の変化の捉えかたについても、新たな視点から考えるきっかけを与えてくれる。実際、著者らは個人化論が支持される一方で、少なからぬ批判も集めてきたことに注目している。
すでに多様性について述べたことと重なるが、人々がどのような家族生活を経験するかは、ジェンダー、階級、人種、エスニシティなどによって大きく異なる。本書でも言及されているように、コロナ禍のもとでの「ステイホーム」生活は、ケアの負担がいまでも女性に偏っていることを露呈させた。また、一口にイギリスの家族といっても、家事分担のジェンダー平等化がどれくらい進んでいるかは人種やエスニシティによって一様ではない。このような意味で、個人化論は適切なエビデンスにもとづいておらず、中産階級的な理想を普遍化しているとまで著者らは論じている。この個人化論とそれに対する批判については、日本においても、まさにエビデンスにもとづいた多角的な検討が必要だろう。
また、本書は家族の結びつきが衰退したという見かたにも疑問を投げかけている。著者らによると、個人化論においては、家族生活がいかに実践され、経験され、表現されるのかが見落とされがちである。しかし、この点を検討した調査研究は、カップルや親族関係には強いコミットメントやケアのやりとりが存在していることを明らかにしているという。人々が「家族する」ことに注目する家族実践(デイヴィッド・モーガン)や家族ディスプレイ(ジャネット・フィンチ)という概念が本書で重要視されているのはこのためでもある。
急いで付け加えておくと、著者らは家族関係が一様に平等化しているという見かたにも、家族の結びつきが弱くなっているという見かたにも懐疑的であるものの、家族をめぐって重要な変化が生じていることを否定しているわけではない。
むしろ、本書で強調されるのは、キャロル・スマートが個人的生活(personal life)という用語で捉えようとしたように、ある人にとって重要な意味をもつ他者とのつながりは、家族や親族の範囲はもとより、私的領域と公的領域の境界を越えてひろがっているということである。そして、親族との関係にウェイトを置いたり、配偶者や友人、近隣との関係にウェイトを置いたりなど、人々はさまざまな他者とのつながりをそれぞれに組み合わせながら、親密な関係を築いたり、ケアをやりとりしたりしている。このつながりの多元性にふさわしい新たなアプローチが求められているというのが、著者らの見立てである。
本書のもう1人の監訳者である永田夏来は、日本社会においても、親密性とケアの分散が進んで、家族がモジュール化するとともに、分散ケア共同体が立ち上がるという未来を展望している(「親密性の分散と家族制度の再編:モジュール型家族と分散ケア共同体の時代」『現代思想』2026年1月号)。このような現象がどれほどの広がりを見せるのかを含めて、日本社会におけるつながりの再編を捉えるための手がかりを本書から得ることができるだろう。
以上のように、家族の多様性や個人化という「常識」のその先に進むことに関心があるかたにとって、本書は必読の一冊である。ほかにも、グローバルなレンズを通して家族や親密性を捉えることを第3のテーマとする本書は、非西洋社会や国境を越えて移動する人々の家族生活についての記述が充実していることなど(これは日本の読者にとっても、家族の多様性についての「常識」を押し広げる意味をもつかもしれない)、この小論で言及できなかった読みどころは少なくない。ぜひ一度、手にとっていただければと思う。