華麗な容姿の秘密とは?『ルネサンス女性になる方法――絵画の裏に隠されたリアルな美容生活』訳者あとがき
記事:白揚社
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本書は Jill Burke, How To Be A Renaissance Woman: The Untold History of Beauty and Female Creativity, Profile Books, 2023 の全訳である。著者のジル・バークはエディンバラ大学歴史・古典・考古学部教授。ルネサンス期イタリアの文化・美術史を専門としている。
人気美容インフルエンサーのYouTubeやインスタグラムの動画の下には、〇〇万回再生という数字が記されている。つまりそれだけ多くの人が、美容法や化粧法に関心を持ち、インフルエンサーが推奨する美の規範を模倣・再現すべく、日夜努力しているということだろう。こうした文化は、インターネットが普及した現代に特有のものだろうか。もちろんそんなはずはない。本書の著者によれば、一般大衆が、時代の美の規範を達成するために、雑誌、テレビ、動画サイトなどマスメディアの情報を頼りに、顔・髪・肌など、自分の体のパーツを念入りにチェックして、磨きをかけるようになった起源はルネサンスにあるらしい。ルネサンス――それは、宮廷に集う貴族の貴婦人だけでなく、市場に働きに出かける果物売りの娘さえ、「ヴィーナスを手本にしろ!」とけしかけられるようになった時代だった。
どうして、そうしたことが可能になったのか? 印刷機、銃器、地図帳に加えて、全身が映るガラスの鏡が作られるようになったことも、ルネサンスの大発明のひとつだと著者は主張する。それまで人は、自分で自分を見ようとしても、凸面鏡や磨かれた金属に映る、ぼんやりとした、ゆがんだ像しか見ることができなかった。しかしガラスの鏡の誕生によって、他人が見るように自分の容姿を克明に、客観的にチェックすることが可能になった。それが人類の自意識と美意識にはかりしれない影響をおよぼしたであろうことは容易に想像がつく。さらにルネサンスは、活版印刷術の普及によって、紙でできた安価な本が大量に流通し、「秘伝書」という、現代で言ういわゆる「ハウツー本」が大衆に愛読されるようになった時代でもあった。
ルネサンスと聞いて、誰もがすぐに思い浮かべるのは、ダ・ヴィンチやミケランジェロが制作した壮麗な絵画や彫刻、彼らを庇護したパトロンの住まいだった豪華な宮殿や教会ではないだろうか。しかし本書の主人公は、こうした綺羅星のごとき天才ではなくて、その背後に埋もれている無名の女性たちだ。著者は、当時の女性たちが記した詩や小説、論文、手紙、あるいは裁判所の記録など、これまであまり取り上げられることのなかった文献を丁寧に読みほどくことで、美の規範や美容について当時世間に流布していた考え方とこれを支える根本原理、また、当時の女性たちがこうした美の規範をどう模倣しようとしたか、あるいは世間が押しつける美の規範にどう反発したかを私たちに教えてくれる。
たっぷりとした黄金の波打つ髪、透き通るような白い肌、濃いアーチ形の眉に薔薇色の頬と唇。ペトラルカの詩に謳われるような、ルネサンスの美女の規範は驚くほどストライクゾーンが狭い。そして、その美の規範には、当時の社会が女性に対して抱いていた偏見――女性はあらゆる点で男性に劣る存在――や、社会が女性に押しつけていた価値観――結婚するのに望ましいのは「夫に従順で、子どもをたくさん産む」女性――が組み込まれていたことが、本書を読み進めるうちに明らかにされていく。「私たちが自分の髪、顔、体に行なっていることは、私たちが生きる社会を反映し、同時に、私たちの社会に影響を与えている」という、著者の洞察はじつに示唆に富んでいる。
本書の白眉のひとつが、小説、詩、手紙、あるいは裁判所の記録などを通じて紹介される、当時の女性たちの生々しい証言だ。ここに取り上げられる女性たちの立場はじつに幅広く、たとえば、卓越した知識と見識を評価された貴族女性、画家、音楽家、あるいは女優として才能を開花させたアーティスト、一世を風靡した高級娼婦もいれば、息子にふさわしい嫁を捜す母親、父親に無理やり修道院に入れられて憤慨する娘、聖書の大洪水についてエコロジー的観点から考察した哲学者もいる。さらに、故郷を追われてイタリアに流れ着き(いま風に言えば)エステティシャンとして生きのびたユダヤ人女性、地中海沿岸部の村からさらわれてきて奴隷として流転の人生を送った女性のように、社会の底辺で、二重、三重の差別を受けて苦しんだ女性たちもいる。
また、離婚が許されず、家庭内暴力がはびこる社会(当時は夫が妻に暴力をふるうことが推奨される場合さえあった!)で、化粧の成分となるヒ素を使って夫を毒殺した妻たちも登場する。こうした女性たちの声は、まったく古びていないどころか、まるで耳元から聞こえてくるかのように生き生きとして、社会が押しつける美の規範を模倣することで、社会の序列の階段を這い上がろうとした女性たちのたくましさ、あるいは社会が押しつける価値観に反発しようともがき、声を上げた女性たちの姿がリアルに伝わってくる。
著者が選んだ「美容」という切り口は非常にユニークで、私たちは当時の美の規範、人々の美意識を通じて、ルネサンスの時代にも多くの女性が男女の格差に疑問を持ち、どうすれば、それを是正できるか模索していたことを知ることができる。ルネサンスは、フェミニズムの意識が芽生え、記録され、共有されるようになった時代でもあった。
本書には魅力的な美しい口絵が多数収録されている。キュレーターとしても活躍する著者による絵の詳細な解説は、これまで見落とされがちだった細部へと観る者の視線を誘導する。たとえば、口絵に掲載されたボルドーネの《化粧室の婦人たち》の絵。なにも知らなければ、私たちの目は、中央にいるふたりの典型的なルネサンス美女に吸い寄せられるかもしれない。しかし、著者は左端にいる、藍色の頭飾りを巻いた女性に注目する。ルネサンスの時代、富裕層の家庭にはアフリカから連れてこられた奴隷がいた。王侯貴族のあいだでは、黒人奴隷を所有することがトレンドでさえあった。
また、口絵では、ルネサンスの時代に活躍したアルテミジア・ジェンティレスキという画家の作品が4点紹介されており、著者の解説を通じて私たちは、ジェンティレスキの個人的体験、画家としての意識や人間としての成熟について知ることができる。当時の女性としては珍しく、有名画家として自立した人生を送ったジェンティレスキだが、本書では、娘時代、父親の友人の画家にレイプされた事件に際して、裁判所で本人が行なった証言が取り上げられている。それを読むと、まったく同様の事件が現代でも繰り返されていることを考えないわけにいかない。
たしかに現代は、女性が美容以外のさまざまな手段を通じて、社会で男性と対等に活動することが可能になった。ルネサンスに比べれば、男女の格差を是正しようという動きは、前進と停滞を繰り返しながらも、格段の進歩を遂げたと言えるかもしれない。しかし、社会が女性に美の規範を押しつける、ひいては女性をモノ化する文化が根絶されたわけでないことも事実だ。本書はルネサンスという時代を通じて、現代の美の規範について再考を促す本でもあると思う。
とはいえ、美容は基本的に多くの人に喜びを与えてくれるものでもある。本書の巻末には、ルネサンス時代のスキンケア、ヘアケア用品や化粧品を再現できるレシピも紹介されていて、現代の読者もルネサンス時代の美容法を気軽に試してみることができる。
著者の視線にはつねに温かいユーモアが感じられて、そんな著者が選りすぐったルネサンスの女性たちの言葉は、逆境においてもくじけない、力強いものが多く、読んでいて励まされることが多かった。個人的には、親に無理やり修道院に入れられたタラボッティの発言が気に入っている。「私の思念は、私の髪のように、刈られれば刈られるほど、成長し、増え続けます」。そう、生きているかぎり、人の思念は何物にも縛られず、成長し続けることができる。歴史をたんなる過去の出来事とせず、過去から学び、前進していこう、そんな前向きな気持ちになれる一冊だ。
第1部 美の理想
第1章 ヴィーナスと果物売り
第2章 (ルネサンスの)女性とはなにか?
第3章 スプレッツァトゥーラと自然な外見
第2部 判決
第4章 美容文化は善か? 悪か?
第5章 花嫁への美容アドバイス
第6章 白い顔
第3部 ルネサンスの身体改造
第7章 体を鍛える
第8章 ルネサンスの整形手術
第9章 魔女狩りと体毛
第4部 脱いでもすごい
第10章 美の危険な道
第11章 裸と視線の力
第12 章 反抗的な髪
第5部 知の共同体
第13章 毒と家父長制
第14章 ルネサンスの女性たちの知見
第15章 ルネサンスの女性になる方法――レシピ集