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ニュースの向こうのベネズエラを描き出す――『ベネズエラを知るための60章』

記事:明石書店

カラカスの象徴であるアビラ山(撮影:エステル・マルカーノ)
カラカスの象徴であるアビラ山(撮影:エステル・マルカーノ)

日本から見たイメージと実際のベネズエラのギャップ

---米軍の侵攻やワールドベースボールクラシック優勝あるいは大地震などベネズエラが取り上げられる機会が増えましたが、日本人にとってのベネズエラという国のイメージにはリアリティがありません。ブラジルやアルゼンチンは言うに及ばず、南米大陸の他の国ぐには、チリならワイン、ペルーならマチュピチュ遺跡、コロンビアならコーヒーと、その国を連想させる何かがあります。それらと比べてベネズエラの印象はぼやけているように思います。

石橋 たしかにそうですね。しかも近年は経済破綻、独裁政権、人口流出といったネガティブな話題ばかりです。もちろん、野球の他にもミスコンでの活躍、あるいはギアナ高地の観光など、楽しい話題も時にはありますが。

---とはいえ、野球と美女と秘境のイメージをつなぎ合わせても、ぜんぜん国の全体像が思い描けない……。

石橋 それは無理もありません。過去100年間、ベネズエラと日本との経済関係は希薄で、そのため人的交流も他の南米諸国と比べて少なかったからなのです。というのも、ベネズエラは輸出の8割以上を石油に頼る典型的産油国ですが、この国が産油国化した1920年代以来、日本がベネズエラ産原油の主要輸出先となったことはないのです。

---日本はベネズエラから石油を買っていなかったんですか? それは意外です。

石橋 近年の中東情勢によって改めて浮き彫りになったように、現在日本は中東産原油に依存しているのです。ブラジル、ペルー、アルゼンチンなどと異なり、産油国ベネズエラは日本からの農業移民を必要としませんでした。石油で潤うベネズエラは、歴史・文化・自然を資源とする観光産業も他の南米諸国と比べて発展していません。これらが重なり、日本ではベネズエラという国のイメージが育たなかったのです。

『ベネズエラを知るための60章』の意図と特徴

---そんなベネズエラを総合的に描き出そうとした知的ガイドブックが、この本ですね。編者としての狙いを教えてください。

ラグアイラ州の漁師町ナイグアタのアフロ系楽団、コネクタテ・コン・ナイグアタ(撮影:牧野翔)
ラグアイラ州の漁師町ナイグアタのアフロ系楽団、コネクタテ・コン・ナイグアタ(撮影:牧野翔)

石橋 本書では政治・経済・歴史だけでなく、芸術やエンターテインメントにも大きく紙幅を割きました。音楽だけでも、日本でも注目されているオーケストラ運動の「エル・システマ」、ギター音楽、ピアノ音楽、そして民謡から「コーヒールンバ」まで幅広く取り上げています。ほかにも「野球」「ボクシング」「ミスコン」など個別分野でベネズエラ人の活躍を追ってきた読者も満足できる内容になったと思います。「宗教」「先住民工芸」「現代美術」「建築」「廃墟」などは、日本では知られていないテーマですが、読者はベネズエラ人の創造性に驚くことでしょう。「フィクションのなかのベネズエラ」というコラムでは、「あしたのジョー」と「機動戦士ガンダム」の聖地考察も試みています。

---『ガンダム』にベネズエラが出てくるんですか?

石橋 はい。シャア・アズナブルの名セリフ「坊やだからさ」はカラカスのバーで発せられたという説もあります。彼はオリノコ川探検も挙行しているんですよ。

---歴史の部も充実していますね。

石橋 その大部分を私が執筆しました。たんに通史を概説するのではなく、現代ベネズエラを理解するための視座を提供するという意図から、思い切ってメリハリをつけました。通読することによって「南米独立の父と呼ばれるシモン・ボリバルのような人物がなぜベネズエラから出たのか?」あるいは「国民はなぜウゴ・チャベスを大統領に選んだのか」という疑問に答える叙述を心がけました。ほかにも、ボリバルの同時代を生きた思想家・革命家や、20世紀の独裁者ゴメス、民主政治を主導したベタンクール、カルデラ、ペレスなどの政治家たちも、「キャラが立つ」ような記述を心がけました。人物の魅力を伝えることで、その国にも親しみを感じてほしいと考えました。

---政治と経済に関しては、どのような工夫をされましたか?

石橋 21世紀の経済と経営については、常に最新情報を更新しているシンクタンクや会社経営の現場に身を置いた実務家に依頼しました。21世紀の政治と国際関係、あるいは石油経済の歴史を執筆した寄稿者は、それぞれの分野を世界的にリードしてきた研究者です。そうした書き手が、平易かつ簡潔でありながら分析と批判の切り口も鮮鋭なエッセーを書き下ろしてくれました。

---他にこだわった点はありますか?

石橋 「食文化」ならびに「自然と地誌」にも少なからず紙数を割いたことです。乾杯や宴会の流儀には、その国の社会関係と人々の気質が色濃く反映されます。だから私は食文化を重視しました。美味しい食べ物や、見たことのない動物、息を呑む絶景に出会ったら、たった一日の滞在でもその国の記憶は一生残ります。

ニュースからはわからないベネズエラの姿

---表紙の女性はどういう人ですか?

石橋 彼女は、国土の象徴である大河オリノコの下流域に暮らす水の民ワラオの首長の孫娘です。フェイスペインティングの赤い三角は創世神話と死生観を、黒いハート型は祖霊、ジグザグ模様はオリノコ川を表します。羽根飾りは首長の血統の証しです。ポージングに応じて微笑んでくれてはいますが、そのまなざしの奥には、外部からの訪問者を観察する知性の輝きと意思の光が見て取れます。読者はこの視線を通じて、ベネズエラを一方的に「見る」だけでなく、「見返される」地点に立つ。そこから先の「案内役」として彼女を起用しました。

---この本を通じて、読者にどんなベネズエラのイメージを持ってほしいですか?

石橋 ベネズエラは「失敗国家」という一枚のラベルでは到底語れない国だ――そう感じてもらえたら、それだけで編者として十分に嬉しく思います。不遇を笑い飛ばして前に進むベネズエラ流の生き方や、格好つけたい時にこそ、さりげなく振る舞うベネズエラ的美学の片鱗を、行間から感じていただければ編者として本望です。

---ニュースの見出しからは見えないベネズエラの姿をこの本を通じて覗いてみたくなりますね。

ベインティトレスデエネロ(1月23日)地区のマンモス団地と人びと。チャベス派の支持基盤でありながら反政府左派の活動も活発なバリオ(都市下層地域)として知られる。(撮影:石橋純)
ベインティトレスデエネロ(1月23日)地区のマンモス団地と人びと。チャベス派の支持基盤でありながら反政府左派の活動も活発なバリオ(都市下層地域)として知られる。(撮影:石橋純)

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