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「ベネズエラ」書評 過度の権力集中が示す苦い教訓

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2021年02月27日
ベネズエラ 溶解する民主主義、破綻する経済 (中公選書) 著者:坂口安紀 出版社:中央公論新社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784121101150
発売⽇: 2021/01/08
サイズ: 20cm/288p

ベネズエラ 溶解する民主主義、破綻する経済 [著]坂口安紀

 インフレ率は10万%を超し、食糧難で国民の過半が平均11キロ痩せ、治安は世界最悪レベルのベネズエラ。かつて安定した民主体制をもち、いまも世界一の石油埋蔵量を誇るこの国は、なぜこれほど悲惨な状態に陥ってしまったのか。理由を一言でいうと、権力の過度な集中である。
 経緯はこうだ。1992年、伝統的政治家への不信が強まるなか、将校チャベスは軍事クーデターを決行した。若いときから彼は体制変革を夢見ていた。クーデターは失敗するがチャベスは生き延び、98年の大統領選で当選を果たした。チャベス政治の特徴は、法の支配を尊重しないことだ。彼は超法規的な手段により新憲法を制定した。そして新憲法のもと、最高裁や国家選挙管理委員会の重要ポストを全てチャベス派で固めた。軍も警察も掌握した。
 もちろんこの体制に、権力のチェック・アンド・バランスは働かない。最高裁は、チャベスが国会の承認なしで重大な決定ができるよう、憲法判断を捻(ね)じ曲げた。国家選挙管理委員会の委員は、反チャベス派市民のリストを公表した。そこに名前がある者は、銀行の融資を拒まれたり、職を追われたりした。チャベスへの反感が社会で強まるなか、政権の目的は政権の維持となった。そこに利権が群がり経済政策は歪(ゆが)んでいった。貨幣乱発はハイパーインフレを起こし、経済の崩壊は治安をひどく悪化させた。
 チャベスの後継者マドゥロも、この独裁路線は維持したままだ。そして2020年の時点で、国民の6人に1人が国外に脱出した。コロナ禍の現在は国境封鎖により、それさえ困難になっている。
 痛感させられるのは、法の支配と権力分立の大切さだ。それらの軽視を認めると、おそらくどのような国でもベネズエラのようになりえるのだ。世界で権威主義体制が広まり、ときに称揚さえされるなか、ベネズエラの経験はあまりに苦い教訓を示している。
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さかぐち・あき 1964年生まれ。アジア経済研究所主任調査研究員。編著に『途上国石油産業の政治経済分析』。