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中東と日本 「石油」を超えて理解深める

シリアでの拘束から解放されて帰国した後、日本記者クラブでの会見を終えて引き揚げる安田純平さん

 体制批判のジャーナリスト殺害など、最近サウジアラビア近辺がかまびすしい。日本にとってこの国は石油の国、厳格なイスラームの国といった以外は、よくわからない国で済まされている気がする。日本は1次エネルギーの4割を石油に依存し、石油のほぼすべてを輸入に頼り、その4割程度をこの国から輸入している。よくわからないでは済ませられないはずだ。

摩擦も興味深く

 サウジ関連本はあまた出版されてきたが、政治や経済、はたまたBL(ボーイズラブ)が中心で、社会の細部に切り込んだものはほとんどなかった。だが、ここで紹介するユペチカ『サトコとナダ』はその知られざるサウジ社会の一面を描いたことで注目される。
 本書は、米国留学中の日本人サトコがサウジ女性ナダとルームシェアをする女性向けマンガである。フィクションだと断っているが、多くの逸話が作者の個人的体験にもとづいており、サウジに住んでいた人が見ても、アレッと思うようなところは少ないのではないだろうか。もちろん偏見・誤解自体がテーマになることもあり、何げない日常を描きながら、日本・サウジ・米国の文化摩擦や化学反応を興味深く紹介してくれる。
 サウジにおける女性の自動車運転解禁といった時宜的な話題もあり、研究者の書く堅苦しい論文よりもずっと訴えかける力がある。ただ、これでサウジ女性を理解できるかといえば、そうはいかない。ナダと全然異なる文化的背景をもつ人も少なくないからだ。だが、サウジに関心をもった人が取っ掛かりとして読むにはお薦めできる。
 一方、日本とサウジの関係は、石油を抜きに語れない。両国関係を考えるとき、アラビア石油(アラ石)という会社も忘れてはならない。1950年代にサウジアラビアとクウェートから石油利権を獲得し、日量30万バレルの石油を生産していたアラ石は「日の丸原油」の象徴であり、かつサウジ・クウェートとの友好の証しでもあった。だが、同社は2000年代に利権を失い、名前だけの存在になってしまう。

高度成長支える

 日本の高度経済成長を支えた企業だけに、アラ石誕生の秘話を描いた本は少なくない。だが、創業者、山下太郎の破天荒なバイタリティーばかりに注目が集まり、中東に深く関わってきた米英が日本とサウジの利権交渉をどう見ていたか、といった視点は欠落していた。米国の中東政策の変遷を膨大な一次史料を用いて分析した小野沢透はその大著『幻の同盟』で、アラ石の利権交渉では米英政府や石油メジャー、国内でいえば、岸信介ら政治家と石坂泰三らの財界人の協力、外務省と大蔵省の思惑の違いなど複雑な要素が絡んでいたことを指摘する。アラ石からは多数の優れたサウジ専門家が輩出したが、彼らならサウジの現状をどう分析するだろうか。
 最後にもう1冊。五野井隆史『ペトロ岐部カスイ』を取り上げたい。本書は、17世紀前半に活躍したキリシタンで、日本を脱出、単身ローマに渡り、そこで司祭に叙階されたペトロ岐部の伝記である。実は彼はインドからローマにいったことが知られており、そしてその途次、聖地エルサレムを訪問している。記録で確認できるかぎり、エルサレムを訪れた最初の日本人でもあるのだ。残念ながら彼はローマから日本に帰国したのち、すぐに幕府に捕らえられてしまった。
 今年「潜伏キリシタン」関連遺跡が世界遺産に登録された。今から400年も昔に、信仰心から言葉も通じぬ中東をたった一人で旅した日本人に思いを馳(は)せるのも悪くないだろう。折からシリアで拘束されていた安田純平氏が3年ぶりに解放された。インドからエルサレムを経由、3年かけてローマに到達したペトロ岐部の姿を彼に重ね合わせるのは評者だけだろうか。=朝日新聞2018年11月24日掲載