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「石油が国家を作るとき」 小国で単独独立の「なぜ」を追求 朝日新聞書評から

評者: 酒井啓子 / 朝⽇新聞掲載:2025年04月26日
石油が国家を作るとき:天然資源と脱植民地化 著者:向山直佑 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:政治

ISBN: 9784766430042
発売⽇: 2025/01/27
サイズ: 21×1.8cm/296p

「石油が国家を作るとき」 [著]向山直佑

 四十年以上前、初めて中東を訪問したとき、乗り継ぎで寄航したのがアブダビだ。砂嵐のせいで予定便を逃し、長距離バスのバス停で来るか来ないかわからない次便を待つ気分で、空港の床に移民労働者と一緒に寝転がっていた。こんな砂漠の辺境じゃ仕方ないなあなどと、諦め気分で。
 数年後にクウェートで出会った日本のビジネスマンは、溢(あふ)れるインド系労働者に、国を乗っ取っちゃえばいいのに、と冗談を交わしていた。
 こんな小さな国でも生きていけるのは、石油のおかげなんだろうなあ、と直感的に感じたものだが、深くは考えてこなかった。それを、「存在しないはずの国家」が存在するのはなぜだろうと、真正面から切り込んだ新進気鋭の国際政治学者が、向山氏である。
 どうせイギリスに守られて独立できたのだろう、で済ませがちなところを、同じ宗主国の庇護(ひご)下にあるのに小国同士まとまって連邦として独立する国もあれば、連邦に組み込まれて当たり前なほど小さいのに、単独独立を実現する。何がその違いを生むのだろう、と立ち止まって考える。
 筆者はその鍵を、石油が発見された時期と植民地化・脱植民地化のタイミングの妙に求める。イギリスが保護領化したときには石油資源は発見されていなかったのに、植民地支配の過程で石油が見つかった。保護国を使い勝手のいい形で独立させたいイギリスと、石油を武器に単独独立を主張するペルシャ湾岸の産油国。その絶妙なバランスのもとに、カタールやバーレーンが生まれる。カタールは、アルジャジーラ衛星放送に代表されるように、その後サウジなど域内大国相手に、痛快なまでの独自路線を貫いている。
 本書の究極の問いは、「国家はどうして生まれるのか」だ。「国家」と一口にいっても、さまざまな成り立ち、形態があることを示す。
 独立できたブルネイ以外の北ボルネオにはイギリス人一族が支配する王国があったという史実を知ると、植民地時代には個人が外国の土地を買って「王国」にしてしまうことが奇異ではなかったのだな、と改めて驚く。コンラッドの小説『闇の奥』もそうだが、トランプのガザ購入案も、西欧植民地時代の名残と考えれば、妙に納得がいく。
 ではアフリカの小国はどういう経緯を辿(たど)ったのか、石油ばかりでなく資源としてのダイヤモンドはどうか。本書の研究対象を超えて、知的な空想が無限に広がる。ソーダ味ってなんだろうと、きっとアイスでも齧(かじ)りながら考えて育った「なぜなに少年」は、深遠で奔放な「謎」を読者に投げかける。
    ◇
むこやま・なおすけ 1992年生まれ。東京大未来ビジョン研究センター准教授(国際関係論・比較政治学)。主なテーマは非西洋における国家形成の歴史。石橋湛山新人賞、日本国際政治学会奨励賞など受賞。