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デス・リテラシーの第一歩 ――久坂部羊著『欲張らない死に方』書評(評者:最相葉月)

記事:筑摩書房

70代になった医師作家が本音で考える、賢い老い方、上手な死に方。本人も、家族にも役に立つデス・リテラシー入門。
70代になった医師作家が本音で考える、賢い老い方、上手な死に方。本人も、家族にも役に立つデス・リテラシー入門。

 なかなか死ねない時代になった。最新の「高齢社会白書」によると、昭和25年に総人口の5パーセントに満たなかった65歳以上の割合が、令和7年には29.4パーセントに達したとか。目下、私の同世代は続々と定年を迎えているが、90代の親がまだまだ元気という人も多い。いかに看取るか、いかに老いて死んでいくかは切実なテーマだ。

 著者は外務省の医務官として海外勤務を経験した後、高齢者を対象とした在宅訪問診療に長く従事してきた。私生活では麻酔科医だった父親を介護し、看取っている。『廃用身』や『老乱』など老いや介護をテーマとする小説が多く、一方で〈老いの処方箋〉ともいえるエッセイも著しており、本書はそのシリーズに連なる新たな一冊といえそうだ。

 著者は多くの患者を看取ってきた経験から、好ましくない老い方や下手な死に方をする人の背景に何があるのかと考えてきた。看取りに従事する医師はみな、「死に対して医療は無力で、むしろ有害」「何もしないのがいちばん」と考えているのに、実際は多くの人が悲惨な延命治療をされている。なぜか。

 本人に死にたくないという本能的な欲求があるのは当然としても、家族や介護者の、何かしてあげたいという欲求は善意からくるだけに始末がわるい。食べられない人に無理に食べさせるのは、欧米なら虐待。心肺蘇生すると歯が折れたり、肋骨や胸骨がバキバキと折れたりして、ほぼ拷問に近いらしい。本人のためといいながら、本当は何もせずに見守るのがつらいという家族や介護者の欲望ではないか。著者はそう指摘する。

 もちろん欲望は生きる活力になるし、一概に否定されるものではない。だが欲望に執着すると苦しみは増す。ピンピンコロリで死にたいという人は多いが、いわゆるぽっくり死の原因である心筋梗塞やくも膜下出血は不摂生の人に多いとはなんたる皮肉。毎朝の運動やサプリはいったいなんだったのか。欲望につけ込むサプリや美容業界、メディアへの批判も容赦ない。

 だいたい日本人は検査しすぎだ。早期発見、早期治療の大合唱。世界のCTスキャン装置の約3分の1が日本にあるとは驚いた。最近ようやくリビング・ウィルを表明できるようになったが、油断してはいけない。医師はわずかでも助かる見込みがあると考えるため、延命治療は避けられないのだ。「悲惨な延命治療は受けたくないというなら、治る可能性があっても、病院に行ってはいけない」。救急車を呼ぶなと頭ではわかっていても、さて、呼ばずにいられるだろうか。

 欲望に折り合いをつけ、賢く死ぬためにも普段から死に方をよく考えておく必要がある。かかりつけ医をもち、終末期や死について適切な情報を入手し、理解し、家族や介護者と話し合っておく。これを〈デス・リテラシー〉と呼ぶが、本書を読むことがその第一歩となることは間違いないだろう。「どっちゃでもええ」が口癖の著者の父親は、がん告知を受けたとき「これで長生きせんですむ!」と叫んで治療を拒んだそうだ。とても魅力的な方で、その死生観にヒントがありそうだが、それとて、お父様は「どっちゃでもええ」とおっしゃる気がする。

 ちなみにうちの家族は死についてよく話し合ったほうだと思う。著者おすすめの「寝たきりのシミュレーション」もやったことがある。動けなくなる日を想像すると、今できることを今やっておこうという気になる。おかげで父は望みどおり尊厳死を選び、若年性認知症の母については私が延命治療をしない決断を下すことができた。とはいえ自分のこととなると、意志を貫けるか自信はない。著者が言うように、いざとなったら死にたくないといって病院に駆け込むかも。「どっちゃでもええ」という心境になるにはまだまだ修行が足りないと思う今日この頃だ。

久坂部羊『欲張らない死に方──賢く老いるヒント』(ちくま新書)
久坂部羊『欲張らない死に方──賢く老いるヒント』(ちくま新書)

『欲張らない死に方──賢く老いるヒント』目次

第一章 善意にひそむ欲望――地獄への道は善意で舗装されている
第二章 欲望とは何か、執着とは何か
第三章 宗教化する現代医療
第四章 老いと欲望、死に方と欲望
第五章 介護における欲望のズレ
第六章 あれも欲望、これも欲望
第七章 欲望から抜け出せない不幸
第八章 欲望を飼い慣らす

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