96歳の父を自宅で看取(みと)るまでの20日間を、実体験に基づき小説にした。介護をするのは85歳の母と自分を含む2人の娘たち。誰もが迎える最期の瞬間は、いったいどんな形でやってくるのか。「延命治療をしないと決めていても、点滴をやめると言い出せなかった。死に際の家族の選択の揺れや、死に向かう父と過ごして感じたことを書きたかった」と話す。
神戸市須磨区の実家が物語の舞台だ。父がモデルの恭輔は中学教師を務めた根っからの「先生」で、母がモデルの志麻は昭和にどっぷりとつかった「スーパー専業主婦」。恭輔は10年前に認知症を発症、在宅介護も4年になり、いよいよ旅立つ日が近づいた。
小説家としては遅咲きだ。雑誌編集者を経て、競馬などのエッセーを執筆。40代半ばで小説家を目指し、2012年に新人の登竜門の一つ「文芸賞」を52歳で受賞した。
「なかなか新人賞がとれなくて。一番喜んでくれたのが父で、祝いの横断幕を自作してくれた」。認知症の発症は、そのすぐ後だった。
亭主関白だった恭輔と志麻の力関係は介護で逆転。鬼コーチとなった志麻は、食事ができない恭輔に、「もう死ぬねんね、パパ、死んでもええねんね」と嘆く。
「認知症になっても、父なりの思考回路があったはず。娘としてそれをたどりたかった」と話す。父の頭の中を言葉にするために、小林一茶の俳句の助けを借りた。「ちる花や已(すで)におのれも下り坂」「花の影寝まじ未来が恐しき」。各章の始めに、恭輔の独白と、父なら選んだであろう句を組み込んだ。
訪問看護を引き受けてくれた「看護小規模多機能型居宅介護」(かんたき)のことも多くの人に知って欲しかった。「おかげで自宅で看取ることができた。でも、家族に囲まれたこんな死に方は父の世代が最後かもしれませんね」
点滴を外して10日。死を迎えることは日常となり、最期の瞬間は「あっさり」とやってきた。「いざさらば死げいこせん花の陰」。一茶の句の通りだった。(文・写真 西田健作)=朝日新聞2024年11月23日掲載